「親孝行なんか、どうかと思うで」
・・・これは92才のおばあちゃんの言葉である。
「世間様はな『親孝行せえ』って言うやろ。そやけど私は、そんなええもんと違うと思う。
私は長いこと親の面倒みてきた。今みたいにええ時代とちゃうで。ヘルパーさんなんてなかったしな。介護保険もなかったしな。まあ主人がおったから働かんですんだけど。
ほいでもお金がかかるやろ。オムツとかいるし。手間もかかるやろ。自分のしたいこと何もでけへん。服も買われん。出かけることもできへん。しかも母親は90まで生きよってなあ。
兄弟はおってんけど、なんもせえへん。知らん顔や。お金もほとんど出さへんかった。ほんで盆と正月だけ顔だしてな、ええ顔するねん。たまにしか会われん息子やから母親も可愛がってなあ。小遣い渡すんや。そのお金、私の財布からでてるのにな。思い出しても腹たつわ、ほんまに!」
・・・世の中には、自分が後悔しないために介護をする、という人もいる。
しかしこの方は介護したことを後悔していたのだ。
「母親が90で死んでな、ようよう終わった、やれやれ・・・て思ったら、なんとあんた、私がすかんぴんや。『私は今まで何しとったんやろ』て思ったわ。ほんでも今から何かしよかと思うても、もうお金もないしな。ほんま困ったわ。自分の老後のお金を、母親のために使うてしもたんやもの。
今考えたら弟のほうが正しかったんや。しゃあないこととはいえ、ちょっとやりすぎた思うてなあ。母親のことは好きやったけど、こればっかりはちょっと後悔してるなあ。そら、周りからは『孝行したなあ、えらいなあ』ってほめられたけど、そんなん言われたかて1銭にもならへんやん」
・・・くりかえす。
これは92才のおばあちゃんからの警告である。
私への。
あなたへの。
在宅介護をしている家族への警告。
「ええか、あんた。よう覚とき。
親孝行はほどほどにせなアカンで。
自分のお金は別にして置いとくんや。
ちゃあんと隠してな。
親にも亭主にも子供にも取られたらあかんで。
ほんでたまには、おいしいもの食べたり、きれいな服を買うたり、若いうちに好きなことしいや。
気がついたときにはしわくちゃのババアになってるで。
どんなに親孝行したかて、1銭にもならへん!」
わりとグサッとくる言葉だった。
気をつけよう。
親孝行はほどほどに。
介護はほどほどに。
しわくちゃになるまえに、やりたいことをやっておこう。
本日の猫写真。
私は親よりも猫の医療費で、すかんぴんになりそう。
コメント
私も刺さりました。
介護した事を後悔しないためにも、ほどほどにですね。
でも、気がついたらガッツリやっちゃってるというのが本当のところです。
何事もほどほどに、割り切って・・・って難しいですよね。
いつまで続くかどうなっていくのか、先がまったく見えないことですから。
お互い、たまには気を抜いてやりましょうね。