朝、起きてきたオヤジを見てびっくりした。目玉が飛び出しそうなくらいびっくりした。
「いったいどうしたの!?」
なんとオヤジがキレイな服を着ている!
毎日毎日おなじ服、古くて薄汚いシャツばかり着ているのに、今日に限って買ったばかりのセーターを引っ張り出してきたー!
・・・今日は一番ボロい服でいいのに。
介護保険の認定調査が来るからだ。オヤジは異常に張り切っている。いいところを見せねばと企んでいるのである。
先に到着したケアマネさんが二言三言オヤジとしゃべって感嘆の声をあげた。
「違いますねえ!」
そうでしょう、そうでしょう。
先月、来てもらったときと別人みたいに違うでしょう?
「別人ですね。だって目がもう全然違いますもん。ちゃんと筋道たてて話してはりますし!歩行まで違うんじゃないですか? いやあ、ほんまスゴイですわ」
百戦錬磨のケアマネさんにとってもここまで変動の激しいケースは珍しいみたいで、めっちゃ笑ってた。
認定調査の人には、一番最初に「申請した時とはほぼ別人なんで」と私が言い、これまでの経緯と「一時的な可能性が高いので今の状態を維持するためにデイに通いたい」ということをケアマネさんが話してくれた。
オヤジはもうまったく普通の社会人みたいな顔をして調査を受けた。(競輪の必勝法について語り出しそうになったときは全力で止めた。)
質問が一通り終わってから、調査員の人と私と2人だけの状態で「覚醒する前(1週間前)のオヤジの状態について」を細かく話した。
トイレを失敗しても気づかないこと。
汚れても着替えを嫌がること。
強い入浴拒否。
何度も同じことを聞いてくるし、何度でもすぐに忘れること。
ほとんど話さず一日中テレビの前でボーっとしていること。
簡単な家電の使い方を忘れて使えなかったこと。
言葉の意味がわからない時があること。
着替えも食事も、すべて促しが必要な状態だったこと。
信じてもらえないかもと思いながら、私は一生懸命に説明した。ほとんど廃人だったんです、と。
「そんな状態から短期間にここまで回復したんですか?」
短期間どころか一瞬でした。
呪いがとけたみたいに。
「今日孫が帰ってくる」
と知ったとたん、顔がパアアアアッ!と明るくなって、呪いの溶ける効果音が聞こえそうなほどでした。
だからこそ、孫たちがいなくなった後、一瞬でもとに戻ってしまう可能性が高いと思うんです。
わかりましたと言って調査員は帰っていった。
・・・本当にわかってもらえたかどうか。
実際にオヤジを見ていなければ信じがたいかもしれない。
「非該当なら非該当で、まあ、いいじゃないですか」
とケアマネさんが慰めてくれた。
「僕はこのままの状態が続く気がしますよ」
まあ。
仕方がない。
今更どうしようもないし、どっちでもいいや。
昨日あたりからそう思うようになった。
友達と会えてリラックスできたせいだろうか?
それとも上賀茂神社のお守りをもらったせいだろうか?
なんだかちょっと、吹っ切れた。
認定をもらえれば助かるけど、もらえなくても、まあいいや。
このままの良い状態がつづけば助かるけど、ダメになっても、しょうがない。
考えても仕方がない。
なるようにしかならない。
どう転んでも私のせいじゃない。
一日中パジャマでもお風呂に入らなくても死なないだろう。
失禁したら、床を拭いて洗濯して紙パンツを差し出せばいいだけ。
どうせ禁煙なんかできるわけないから、言わないでおこう。
テレビを見てぼーっとしてるあいだは車で事故を起こす心配もない。
たぶん、これ以上は私が頑張ってもいいことはないだろう。
これ以上はお互いに疲れてしまうだけ。お互いを傷つけあうだけだ。
放置はできないけど好きなようにしたらいいと思う。
「だから競輪に行く金を・・・」
それだけはダメ!
頑張るよりも楽しくやろう。
私が楽しく暮らしていれば、オヤジが再び落ち込んだとしても、一緒に引っ張り上げられる気がする。
目の前にいる相手は、常に自分を写す鏡だから。