1か月ぶりの面会

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退院から20日。
母は元気だ。
絶好調といっても良い。
薬こそ続けているものの、喘息なんて本当にあったのかと思うくらい元気。
「酸素ボンベつけて帰宅」とか言われていたのが夢だったのかなくらいに元気。
毎日のようにCMに乗せられて
「ほら、『人生にもっとUSJを!』」
「今日のお昼は『ケンタッキーにしない!?』」
と浮かれている。

一方、オヤジはリハビリ病院に入院中。
なんとか一人で座ってトイレを使えるようになってから戻ってきてもらいたい。
脳梗塞の後遺症は主に喉で、誤嚥しやすいことから、大好きなピーナツやぼんち揚げを食べられないのが気の毒である。
・・・気の毒ではあるが、どんなに止められてもタバコを吸い続けた報いなんだから仕方がない。

幸いコロナ全盛期とは違って病院では面会も許されている。
15分だけの予約制だ。
体力が戻った母を連れていく。
両親か顔を合わせるのは、市民病院のリハビリ室で会わせてもらって以来1か月ぶりとなる(『リハビリ室で金婚式』)。

「おひさしぶり!」
母が元気に手を振ると、オヤジは声の出ない口をひらいて
「おう」
かすれた声で挨拶した。
その目がみるみる赤くなる。
「もう、泣かないの!」
「まあ、そんなに嬉しいの」
2人で笑うと、オヤジも照れくさそうに笑った。
オヤジはすっかり泣き虫になった。
猫に会いたいと泣き、家に帰りたいと泣き、今は母に会えたのが嬉しくて懐かしくて泣いているのだろう。

面会はガラスのパーティション越しに会話をする。
オヤジはもともと無口なうえに、今は麻痺のせいでほとんど声が出ない。
パーティション越しにかすれた声で何か言っているのはわかるが
「え?なに?もう一回いって?」
と何度も聞き返さなくちゃいけなかった。
お互いちょっともどかしい。

そのあと私は一人でナースステーションで用事を済ませていた。
両親はなごやかに見つめあっていたが、私が戻ると母が
「あのね、お父さんが『屋上に行こう』って誘ってくれてるの!」
にこにこして教えてくれた。
その顔があまりにも嬉しそうだから
「おや、デートのお誘いですか」
とからかうと、オヤジもまた嬉しそうに
「うん」
と言った。
声はでなかったけど、口の動きで
「けしきが、いい」
と言ったのがわかった。

秋晴れの屋上はきっと気持ちがいいだろう。
いつもはリハビリで使う場所らしいが、2人で景色を見渡せば、お出かけ気分を味わえるかもしれない。
1か月ぶりの再会に、金婚式にもどこにも行けなかった両親を、せめて屋上に行かせてあげたかったけど。
面会時間も、場所も、限られている。
ここは病院だから。
「退院したらお出かけしようね」
と言うしかなかった。
「お父さん、退院したらどこに行きたい?」
オヤジはうーんと考えて
「ディズニーランド」
と答えた。
「えー、USJのほうがいいよ!」
と反論する母。
この人たちは本当に後期高齢者なのだろうか。
USJにしろディズニーランドにしろ、私ひとりで車椅子2台は無理なんだけどな?