終わらない夏(3)リハビリ室で金婚式

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母は風邪をこじらせて気管支炎となり、紆余曲折の末ようやく入院することができた。
そこは7月からオヤジが入院している市民病院。
「夫婦2人で同じ病院だ!」
と私は喜んだ。
「通う手間が省ける!」
入院したって放ったらかしにはできない。
オムツなどの消耗品を運ばなくちゃだし、洗濯物は交換しなくちゃだし。
それに何より2人とも
「ぜんぜん食べてくれないので好物を差し入れてください」
と言われている。
母は体調のせいか食欲がなく、オヤジは好き嫌いをいって、2人ともまったく食べないんだそうだ。
世話の焼ける・・・と思いながら、私は仕事の合間をぬって2つの病室へ食べ物を運んだ。

金婚式

母が入院した翌日から、オーストラリアに住む妹が一時帰国した。
介護や入院の手伝いに来てくれたわけじゃない。
9月9日は両親の50回目の結婚記念日、金婚式である。
お祝いのために帰ってきたのだ。
両親をどこかちょっといい所へ連れていって、おいしいものでも食べさせてやろうと考えていた。
が!
2人仲良く入院中というありさま。
平時なら談話室でお茶くらい飲めるだろうに、今はコロナ対策で病棟の行き来まで禁じられている。
せっかくの金婚式なのに会うことすらできないんだ・・・。

という話を、母のPTさんにちょっと話した。
そうしたら。
「会いましょう!」
と言ってくれた。
「こっちでリハビリの時間を調節して、お2人で同じ時間にリハビリ室へ行けばいいんですよ!」

親切なPTさんのおかげで2人はやっと会うことができた。
だいたい1か月ぶりかな。
あとで聞いたら、オヤジは
「ちらっとだけど顔みれた」
と嬉しそうに話した。
母は・・・会ったことも忘れてしまっていたけれど。
PTさんありがとうございました。

そうして喘鳴が消え、呼吸の安定した母は、翌日に療養型の病院に転院していった。
ちょうど金婚式の日だった。

三姉妹

オーストラリアから帰国した妹は、1週間、私のかわりに2つの病室を行き来して食べ物を運んでくれたり、庭の草抜きをしたり、こまごまと働いてくれた。
2人で施設入所中の下の妹にも会いに行った。
コロナだなんだで帰国できなかったから、
「3年半ぶり!」
ということで、下の妹は半泣きになって喜んでいた。

面会時間は30分。
久しぶりにそろった姉妹3人で、わりとどうでもいい話をしました。
次はいつになるかな。

コメント

  1. だださんー!
    なんか、涙が出て来たよ。
    ビール2本目のせいかな?

  2. おめでたいことが起こるっていいですね^^
    きっと、これからも良いことが起こるような気がします。

    三姉妹、羨ましい、、私はたった一人の妹を7年前に亡くしました。まだ両親の介護が始まってもいないのに。人生って本当に地獄のどん底に叩き落されるけど、どん底が見えたらもう上がるしかないですからね。

    本当に姉妹って宝物です、亡くしてから実感しています。妹が居てくれたらたまには在宅介護変わってもらえるのになーって。でも、嫁に行ったからあてには出来なかったけど^^

    オムツを嫌がる母、まだ自尊心があるらしく、、
    あー困った困ったです。

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