病室から花火が見えた夜(2)

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オヤジが脳梗塞で入院してから3週間が経ち、ようやく担当医の話を聞くことが出来た。その意外だった内容と人生を賭けた選択について。

●手術をするかどうか

「さて本題ですが」
病院食をさんざんディスったあと、担当医はMRIの画像を見せながら話を切り替えた。
「お父さんの脳の隙間、異常に大きいんですよ。これ水頭症ですね」

・・・あ。水頭症。

「脳に髄液がたまる病気で、失禁、歩行障害、認知症やパーキンソンに似た症状があらわれます」

知ってた。私これ知ってた。介護士的にちゃんと勉強したよ!たしかにオヤジは全部あてはまる。パーキンソン疑いをかけたこともあったくらいだ。なのに水頭症は思い至らなかったなあ。これまで何度もCT撮ってたのになんで見つからなかったのか不思議である。

「試しにちょっと水をぬいてみたら明らかに効果が認められました。表情が柔らかくなって。だから本格的な手術をしたら良くなるのではないかと思います。体の中に管を通してたまった水を抜く手術です」

シャント手術だ。手術をすれば頭も体も今よりはハッキリ動くようになるだろう。

「ただ問題があります。術後、よっぽど頑張ってリハビリをしないと、状態はかえって悪くなるということです」

もともと廃用症候群で筋肉が落ちている。そこに手術だ。かなり気合いを入れてリハビリをしなければますます筋力が落ち、二度と復活できないだろう。リハビリをしなければ・・・リハビリ・・・
「お父さん、リハビリする?できる?」
オヤジの顔は悲惨なくらい曇っていた。

オヤジは昔から誰よりも【努力を惜しむ人】である。達成感よりもダラダラ遊んで暮らすことのみに幸せを感じ、競艇だの競輪などで一山あてるのが夢。

私も妹も、生まれてこのかたオヤジが向上心をもって何かに取り組んでいたのを見たことがない。どうやって仕事をしていたのだろうと首をひねっていたが、まわりにすべてをフォローしてもらっていたのだと最近知った。

努力をすることが耐えられないと言いきり、前に脳梗塞をやったときも「リハビリをするくらいなら寝たきりでいい」と公言してはばからなかったオヤジ。

そんなオヤジが「術後だから」といってリハビリをするわけがないのである。かえって悪くなることが目に見えているから手術しても無駄だ。これはオーストラリアに住む妹も同意見だった。

だが決めるのは本人である。優柔不断ながらも自己決定能力はあるので、手術するかどうかは本人次第だ。

⚫3つの選択肢

「選択肢は3つです」
担当医はわかりやすくまとめてくれた。

1)手術をしてリハビリをめいっぱい頑張って帰宅を目指す
2)手術せずにリハビリを頑張る
3)手術せずリハビリもせず施設に入所する

「どれにしますか? すでに手術室を3日後に抑えているので今決めてください」

オヤジは答えられなかった。迷って悩んでずっと黙っていた。手術という言葉がでるたびに痛いような顔をした。リハビリといわれるたびに悲しい顔をした。そしてしょんぼりと下を向いた。

「自信ないんですね」
担当医がはっきりと言った。
「正直、頑張れる人はこの時点で『手術を受ける』って即答するんですよ」
ですよねー。

一方、母ひとりが「手術しようよ、私ならぜったいに手術するよ」と押しまくっていた。そりゃ、お母さんはリハビリ大好きって無限に頑張れる人だけどさあ、オヤジはぜんぜん違うんだよ・・・。

●決められない、選べない

1時間も黙っていただろうか。オヤジは最後まで「頑張る」と言うことができず、かといって「諦める」ということもできなかった。自分では選べないから、私が決めていいということになった。いや、私だって決めたくないのですが?

悪化するよりも現状維持のほうがマシという消極的な理由で、私は手術を見送ることにした。それでいいかときくとオヤジは力なくうなずいた。母も仕方ないねと言った。

「厳しい話をたくさんしましたが、ひとつ、いい話をしましょうか」
話し合いが終わり、部屋を出くとき、担当医が言った。オヤジの車いすを押しながら、ちょっと明るい声を出して。
「今夜は花火大会ですよ。お父さんのベッドは6階の窓際だから、最高の観覧席になるはずです」
なかなか、いい先生だと思った。

コメント

  1. >私は手術を見送ることにした。
    …ここから、病院付き添いツイッター(X?)に繋がるまで、もうひと波乱ふた波乱あるということですよね。

    選択できない
    決断できない
    頑張れない

    そういう人にとって、人生の苦難は苦難そのものより、苦難が予告されることが最早死の宣告に等しいのだと思います。
    誰もが勇気を持って自ら歩を進められるわけではないから。

    だけど、人生は非情だから、うずくまって動けない弱い人にも残酷で厳しい展開を持ってくる。
    フォローに回る家族は大変です。
    当事者でいるとなかなか感じられないですが、後で振り返ってみると本当に大変で、でも、力一杯やった甲斐は充分あるんですが。

    他にやる人がいないなら、だださんがやるしかないですよね。
    それでも、せめてご自身の心身の健康は死守で、出来るだけゆるーくてけとーに頑張ってください。

    • あ、そういえばTwitterでネタバレしちゃってましたねw
      大事なことだから自分で決めてほしかったです。
      オヤジは我が家一のヘタレなので努力しなくちゃという段階でもうダメみたいですね。
      よくこのトシまで生きてこれたなあと思います。
      ナチュラルにまわりに迷惑をかけながら…それが当然という態度で…。

      渦中にいると大変なことが普通になってしまって、感じなくなってきてますね。
      めちゃくちゃ眠たいので疲れが溜まってるなあとは思いますが。
      疲れすぎない程度にがんばります。

  2. 花火を見て (来年も見たいな)って少しでもお父様が思ってくれて、ちょっとリハビリ頑張ってみようかな、、って思ってくれるといいなと思います。
    1日2日でどうするか判断は私でも無理です。うちのオヤジ 老人性黄斑なんとかでほとんどぼんやりとしか見えてないようです。昔から目は悪かったのですが、なかなか眼科に行かず、自分でもやばいくらい見えなくなったようで危機感で眼科に行ったら、大学病院を紹介される始末。水晶体がもうダメなんだそうです。今、目に注射打ってます。医学とは体罰か?って思うほどむごい治療をしますね。見えるようになるというより現状維持。オヤジがあと数年で天国に行くなら治療はしませんが、もし100歳まで生きてしまったら、、見えない状態で生きていくことになります。TVが友達のオヤジ 「治療続ける}としっかり言いました。注射打っても全く変わらないそうで、文句ブーブー言うので「止めてもいいんだよ!」って言いました。でも、自分の意志でやると言ったので。
    お父様、少しでも回復する希望があるなら手術受けて欲しいと思います。
    自分の意志で言って欲しいです。
    ただ、苦痛が伴うリハビリならお父様にはもっとお辛いんでしょうね。
    本当にどうしたらお父様が1番幸せに思ってくれるのか、、
    ただただお父様の幸せを願うばかりです。

    • >1日2日でどうするか判断は私でも無理です。
      ですよね。
      手術するかどうか、今決めてくださっていきなり言われたら悩む人のほうが多いと思います。
      リハビリって絶対しんどいに決まっていますから。
      リンゴさんのお父様も大変ですね。
      痛いのはつらい…痛がるのを見て方もつらいですね。
      水頭症は人によっては劇的によくなることもあるので、ほんの少し期待を抱きつつ頑張らせようと思います。

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