30年前の母の音

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本日は式典に出席してきました。
三田市手をつなぐ育成会の創立50周年式典。
かつて母が元気だった頃にバリバリ活動していた団体です。
もちろんこの10年間は名前だけの会員ですけれども。
一応はまだ会員。
その育成会が50周年を迎えるということで、オープニングセレモニーで2人バイオリンを弾かせていただいたのです。

これまで何度か人前で弾かせて頂くことがありましたが、わりとラフな感じの会でした。
が、今日は違います!
式典です!
雰囲気が硬い!
みんな黒スーツ!
来賓には偉い方々がずらりと出席!
・・・母もさすがに緊張したのでしょう。
かなりめちゃくちゃな演奏となってしまいました。
テンポが狂うわ、音が出ないわ、私の左手とズレるわ。
伴奏のピアノの方もワタワタされていて申し訳なかったです。
にもかかわらず
「いい演奏でした!」
「すばらしかった!」
と賛辞をいただき、恥ずかしくってたまらない。

元気な頃の母をご存知の方々は、
「あの人、あんなになってもまだバイオリンを弾いてる!」
「あきらめてない!」
「どこまでもポジティブ・・・!」
ってところに驚嘆されたようです。
「さすがねえ」
って言われたのはそういう意味だと思います。

その後、昼食をいただきながら昔の映像をみんなで見ました。
30年前の映像です。
そこにはチラチラと母の姿もありました。
30年前の母。
今の私よりも若い母。
細くて、エネルギッシュで、あちこち飛び回っていた母。
このときも母はバイオリンを弾いていました。
モーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』。
今はピクリとも動かない左手が、映像の中では元気いっぱいに弦の上を走っています。
・・・ああ。
お母さんのバイオリンの音だ。
なんて懐かしい。
「勇ましい音だね」
と隣の母に言ったら、
「『勇ましい』より『癒される』て言ってほしいわ」
と、母はお弁当の卵焼きをかじりながら言いかえしてきた。

『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』は一時期2人バイオリンで練習してたけど、あまりにも難しくて挫折したのだった。
また挑戦したくなった。
いつか弾けたらいいなあ。