介護職は出会いと別れの仕事場だ。
何年もお手伝いさせて頂いた方が、ある日突然に亡くなることは珍しくない。
そう話したら、高校生の姪っ子がこんなふうに聞いてきた。
「ちょっと想像がつかないんだけど、それはどんな気持ちなの?」
どんな気持ちって?
つらいのか。
悲しいのか。
せつないのか。
それとも、仕事だから平気なのか?
訪問介護では多くの場合、ヘルパーと利用者さんは2人きりの時間を過ごす。プライベートをさらし身体をさらし、アカの他人にしてはかなり濃密な時間を過ごす。
私たちはそこでいろんな話を聞く。愚痴や自慢や、昔話を。その会話は絶対に秘密だ。ご家族にも内緒のときがある。毎週毎週、仕事を重ねるたびに私たちの小さな秘密は増えていく。
お話だけじゃない。
笑顔もある。
歌もある。
・・・Tさんは最後に、おもしろい歌を歌ってくれたんだ。
3年間、朝の食事介助をしてきた97才のTさん。
海外ニュースに興味をもつほど聡明な方で、いつも誇り高く顔をあげていた。
高齢のためにおしゃべりは減ったが、近頃はよく一緒に歌を歌ってくださった。『うれしいひなまつり』は大好きで何度も歌ってくださった。『春がきた』は歌詞もちゃんと覚えておられた。
一昨日の朝も
「そろそろ桜の季節だから『さくらさくら』を歌いましょう」
と私が提案して一緒に歌った。
♪ さくらさくら 弥生の空は
あれ?
続きを忘れちゃった。
そこで私が ♪ららら… で歌おうとしたら、Tさんはなんと
「ぱーたーかーら、ぱーたーかーら♪」
パタカラで歌い始めた。
さっきパタカラ体操(口の体操)やったから残ってたのかな。
「ぱーたーかーら、ぱーたーかーら♪」
最後までパタカラで歌いきったTさんに、私は笑いが止まらなかった。Tさんは「どうだ」というように、イタズラっぽく微笑みかけてくれた。
そんなTさんは今朝、突然に去っていかれた。私が見たのは救急車だけだ。
今、姪っ子に
「どんな気持ちなの?」
ときかれたら、私はどう答えるだろうか。
つらい。
悲しい。
せつない。
全部だ。
そしてその上に、感謝という言葉が加わるだろう。
・・・Tさん。
1世紀近くを生き抜いた貴方の最晩年に、ほんの少しでも関わることができて光栄です。たくさんのことを教えてくださってありがとうございました。