オヤジの「居場所」

スポンサーリンク

今年の目標は「元気になる!」と宣言したオヤジ。目標を達成するためにはどうするべきだろう、と私たちは考えた。

とにかく運動が必要だ。元はといえば韓国ドラマの見すぎで廃人みたいになっちゃったのが原因だ。なんとかテレビから引き剥がし、運動させねばならない。

孫がいるあいだは簡単だ。目に入れても痛くない龍ちゃんに
「おじいちゃん、おさんぽ、いこう!」
と言われると
「おお、いこかあ」
オヤジはひょひょこついて行く。

だが、今日は孫たちがいなかった。私と母しかいなかった。どうやって散歩に連れ出そう? 普通に誘っても「イヤだ」と言うに決まっている。孫がいなければ散歩に行く理由もない。

かわりに私は母を使った。オヤジには
「おかーさんを散歩させたいから、つきあって」
と言うのだ。もちろん母には
「おとーさんを散歩させたいから、つきあって」
と言う。二人とも運動が必要なのでウソではない。
70才を過ぎてもまだプロポーズしちゃうくらいラブラブ夫婦な二人はそろって
「仕方ない、行こうか」
と答える。
私は車椅子を押し、母はなにかしら喋り、オヤジは杖をついてひょっこりひょっこり歩いた。今日はうまくいったけど、もっと寒くなったら難しいだろうなあ。

散歩は15分が限界だった。体力がないのだ。オヤジは家へ帰るなり、上着も脱がずにテレビをボーっと見始めた。早くも廃人への回帰が始まっている。

靴下をかかえてぼーっとしてる猫

次はどうしよう?
ずっと家でテレビを見ていたら、心身ともにもよくないし、そのうえ掃除の邪魔である。必要なのは「おでかけ」だ。

我が家のモットーは『おでかけは最高のリハビリ!』。とにかく外へ出かけなければいけない。デイサービスがあればいいんだけど、あいにくオヤジはまだ介護保険を使えない。日帰り温泉も、このあいだ倒れちゃったからもう使えない。

いつでも行けて、オヤジが大好きで、あんまりお金がかからないところ。
そんな所は一箇所しかない。
・・・競輪だ。競輪の場外車券売場だ。

博打好きのオヤジは、元気な頃は毎日通っていた(そして我が家の貯金を容赦なく削っていた)。場外車券場まで車で15分。運転は危険なので私が送迎する。入場は無料。冷暖房完備。レースを眺めるだけならお金もかからない・・・はず。あくまでも買わなければ、だけれど。お金を持っていないので大丈夫だろう。

オヤジの送迎のとき、私は生まれて初めて場外車券売り場に入った。

スクリーン前は空いてるけど、券売機はババ混みだった

うちのオヤジそっくりの人が大勢いた!というか、オヤジみたいな人しかいなかった。どこを見渡しても、じいちゃん、じいちゃん、じいちゃん、おっちゃん、おっちゃん、じいちゃん、じいちゃん、おっちゃん・・・平均年齢は77才くらいだろうか。競馬の部屋は活気があったが競輪は平均年齢が高めで静かだった。

くすんだ雰囲気はあるものの、それぞれが静かに楽しくレースの予想をしているように見えた。うちのオヤジもじいちゃんの群れに完全に溶け込んでおり、溶け込みすぎて見つけるのに時間がかかった。

オヤジも他の人たちと同じように静かに楽んでいた。レースが好きなのはもちろん、自分と似ている人の中にいると落ち着くのかもしれない。我が家は口うるさい女ばかりで居づらいから、きっとここがオヤジの「居場所」なのだ。

オヤジの博打好きのせいで私たちはずっと泣かされてきた。お願いだから博打はやめてくれと何十年も言い続けてきた。が、こうなったらもう、デイサービス代わりとして通うのもアリかもしれない。・・・お金は持たせられないけど。四点杖でギリギリ歩けるレベルの超高齢者も見かけたし、どこのお家も同じなんだろうな。