同級生からの連絡

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数年ぶりに同級生から連絡があった。
「久しぶりにご飯でもいかない?」
私は即座に断った。
「悪いけど親の介護中で。家をあけられないんだよね」
「そっかあ…」
彼女の声は沈んだ。かなり気の毒がって頂いたようだ。
「息抜きできてる?ストレスたまってたら話だけでも聞くよ?」
とも言ってくれた。だが
「私は今のところすごい幸せにやってるし毎日楽しいから大丈夫だよ」
と答えても、あんまり信じてもらえなかった。

まあ仕方がない。世間一般の介護のイメージって暗いから。
「独身で親の介護をしながら働いて、友達とご飯にも行けないなんて気の毒に!」
と思われたようだ。まさかウィーンに行ったり出版したり2人バイオリンをガンガン弾いてるなんて想像しないだろうから、
「幸せとか楽しいだなんて、きっと強がりね!」
と思われたのだろう。

優しくしてくださるのはありがたいですが。

ほんま面倒くさいねん、こういう同情。

独身=不幸じゃない。
介護=不幸じゃない。
幸せかどうかなんて他人にわかるわけがないのに、それだけで自動的に憐れまれてしまう。なにげない上から目線。

つまり、

「選挙が近い時だけ友達づらする人たちとご飯に行くよりはチャイコフスキーの練習のほうがよっぽど楽しいわ。ほんま苦手やねん、そういうの。」
…と、言いたかったが、かえって電話が長くなりそうなので一言
「親の介護してるから無理」
だけで済ませておいた。
介護っていうと大抵あきらめてくれるから楽である。ついでに言うと、久しぶりに声かけてきたかと思ったら新聞とか保険とかネズミ講の勧誘するのも勘弁してほしいものだ。

介護はさまざまなお勧いを断る理由になる強力な武器だが、介護=不幸のイメージからか
「こういう活動があるんだけど、どう?」
と宗教に誘われたりすることも多々あるから、それはそれで面倒くさい。

私は猫を信仰しています。

独身だろうが結婚しようが。
子供を産もうが産むまいが。
介護しようがするまいが。
信仰心があろうがなかろうが。
マイノリティだろうが障害があろうがなんだろうが。
誰だって幸せに暮らすことはできるんだぞ。