犠牲と赦し

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母とドラマ『朝顔』を見ていたら、在宅介護の親子についてこんなセリフがあった。
「この娘さんは10年も一人でお母さんを介護してきた。いろいろなものを犠牲にして・・・」
このセリフを聞いた母が、ふと言った。
「あんたも? あんたも『いろいろなものを犠牲にしてる』の?」
私が介護のために何かを犠牲にしているかって?
・・・あったりまえやん!
と私は答えた。
「そんなことないよ」なんて嘘をつけるほど器用じゃない。

旅をあきらめた。
趣味をあきらめた。
仕事を変えた。
収入も減った。
自分の時間はむちゃくちゃ減った。

だけどね。
代わりにたくさんのものを手に入れたよ。
本を書いた。
新しい出会いがあった。
新しい仕事を見つけた。
新しい楽しみ方も見つけた。
収入は・・・覚束ないけれど。
それでまあまあ、おあいこだ。
私はラッキーだと思ってるよ!

「そっか」
と母は笑った。

窓際のサンジのうしろすがた

牧師さんが
「聖書に『何回でも赦(ゆる)しなさい』という言葉があるのですよ」
と教えてくださった。
「1回や2回ではアカンのです。何回でも許しなさい。みんなが赦しあえば平和が訪れるはずです」
それはきっと世界平和にかぎらず家庭内でも同じこと。
ヤル気のないオヤジを許し、怒ってしまう自分を許し、うまくいかないたくさんのことを何回も何回も許すことができたら、きっともっと平和に生きられるんだろう・・・それは至難のわざですけれど。

コメント

  1. 牧師さんがおっしゃるように、みんなが許し合うことができる世の中なら平和になりますよね。

    その一番大事なことは、まず自分を許すことだと思います。
    そして、これがむずかしい。

    • 世界中の人が赦し合うことは、たぶん絶対に出来ないことだと思います。
      だからこそ宗教があるのでしょうね。
      >その一番大事なことは、まず自分を許すことだと思います。
      たしかに・・・
      介護問題ってそうですよね。
      ついついお菓子を食べちゃう自分は許しちゃうんですが・・・

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