今日は母の新しい装具ができてくる日だった。
先日と同じように母はひとりで病院に行き(というか連れていってもらい)、病院の送迎バスで帰ってきた。
玄関先に停まったバスを出迎えると、母は病院の職員さんに連れられて介護リフトをおりてきた。だが母が「ただいま」を言うよりも早く、職員さんが
「すみません!」
と頭をさげた。
「左手が、車椅子のタイヤのところに入ってしまって・・・気がつきませんで・・・」
母は左麻痺だ。とくに左手は動かないどころか皮膚感覚さえない。認識も難しく、自分の左手がどこにあるのか探さないとわからない。だから車椅子に座っているとき、知らないうちに左手が外に垂れてタイヤやハンドリムに接触してしまうことが稀にある。
ぶらんと垂れた指先がタイヤか金属部品に巻き込まれたらしい。母の左手には赤い筋ができていた。といっても、腫れもなく、うっすら跡が残っているという程度。
・・・ああ、これくらい大丈夫。
「ちっとも痛くないのよ」
と母は言った。痛覚もあんまりないからね。
些細なケガに思えたが、職員さんは平身低頭で謝ってくださり、
「すぐ整形の先生にみてもらって、レントゲンも撮ったのですが異常はありませんでした」
とまで言ってくれた。ちゃんと診てもらったんだ。
でも母は言う。
「あの職員さんね、上の人にだいぶ叱られたみたい。君が付いていたのに気づかなかったのか!って」
なんだか申し訳ない。
誰にでもミスはある。
それよりも、母を一人で通院させてくださったのだから、ありがたいの一言だ。
おかーさんが左手を見てなかったからだよ、と私は言った。左手さんはイタズラ好きなんだから、ちゃんと面倒みてないと、どっか行っちゃうんだよ。
「本当に、やんちゃな子だねえ」
と母は左手の甲をさすった。
「すぐに脱走するんだから!」
動かなくても。
認識できなくても。
左手は、母の大事なバイオリンを持つ手だ。
気をつけなければいけない。