車椅子で東京旅行(2)火事場の馬鹿力

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旅には不思議な力がある。旅にでると「火事場の馬鹿力」のようなものが発揮され、普段なら絶対にできないようなことができてしまうものだ。

たとえば、さっきまで腰痛でヒーヒーいってたのに、飛行機に乗ったとたんキレイさっぱり治ったりとか。
たとえば、お粗相ばかりしている母のために大量の尿パッドを持っていったのに、ほとんど汚すことがなかったりとか。
たとえば、タクシーと歩道のあいだの段差(しかもけっこう高い)を、母をかかえたまま
「よいしょー!」
と登れちゃったりとか。
あの力はどこから来るのだろう?

一番たいへんだったのは、母が突然、
「お腹痛い!」
と言いだした時だ。
外出先でお腹が痛くなることなんて初めてだったから驚いた。
銀座のどまんなかで障害者用トイレなんてもの近くになくて、
「もう少し先にいけば公園にトイレがあるかも」
と運転手さんは言ってくれたけど間に合いそうにない。
「普通のトイレしかないけど、使えるかどうか見て!」
と案内されてとびこんだお洒落ビルのお洒落トイレは、ギリギリ車椅子が通ることができた。
そこで私は一刻の猶予もない様子の母をつれてきて、
「手すりがないけど頑張って!」
と励ました。
母は頑張った。
ものすごく頑張った。
掴まるところがない上に、私が屈んで母を支えるのも難しい狭さだ。
それで母はトイレの壁に手をついてバランスをとろうと試みた。
「上手だよ!」
私はほめた。
「Nちゃん(重度障害をもつ友人)は頭だけでバランスをとるっていってた。お母さんは手が使えるんだから絶対にできる!」
「そうだね、Nちゃんに負けてられないね」
ズボンの着脱でこんなに苦労したのは久しぶりだったが、なんとかなった。
母はお腹がスッキリしたのか痛みもなくなった。
トイレ貸してもらえてよかった…。
壁に手をついて立つなんて、今までどんなに頑張ってもできなかったことだ。
それが切羽詰まると、できたのだ。人間てすごい。

一度、ホテルでぐっすり寝ているときに、スマホがけたたましく鳴りだした。
「緊急地震速報!」
地震発生、大きな揺れに備えてください、ってやつ。
私は母のベッドへとんでいって頭まで布団をかけた。
ドキドキして待ち構えたが、揺れはこなかった。

幸いなんともなかったけれど。
旅先で災害に遭ったらどうすればいいだろう。
ホテルのバリアフリールームはたいてい低層階にある。
だが2階であっても歩けない母を連れ下ろすのは難しい。
それこそ火事場の馬鹿力で自分よりも重たい母を担いで階段をおりることはできるだろうかと、しばし考えた。

本日の猫写真。

「え? 肉球にさわらせてほしい? なら、ちゅーるを持って来なさいよ」

とか言ってそうなシシィさん。眠たいときは目が怖い。