妹がマッサージをしてくれること

施設入所している妹が帰宅した。以前は月2回、泊まりで帰省させていたけれど、私が働きだしてからは月１回の日帰りがやっとになっている。それでも妹は事情を理解しているのか、近頃ではあんまり不満を言わなくなった。

私が顔をだすと、妹は大騒ぎして迎えてくれる。
「だだ！ だだ！ あんねー、あんねー、きのうねー」
いっぱいおしゃべりを聞かせてくれる。…まあ、ほとんど何言ってるのかわからないんだけど。

施設から家までは高速をつかって1時間弱。途中のコンビニかSAで買い食いをするのが定番だ。車で食べるコロッケとカフェオレが最高なんだと妹は力説する。

家で過ごすのは実質6～7時間だが、そのあいだテレビをみたり音楽を聴いたり徹底的にダラダラと過ごす。たまには出かけようと誘うのだが
「お家が一番！」
と、家から出ようとしない。
お菓子をポリポリ食べながら大好きなテレビをみて、大きな音で音楽を聴いて（施設では4人部屋なので大きな音を出せない）、すぐにオムツを替えてもらって、たまに猫に踏まれたりして。それが最高に幸せなんだって。

家にいるあいだ、妹は私を下僕のようにコキ使う。
「コーヒー！」
「はやく！」
「おしっこでた！」
「ちょっとこっち来なさいよ！」
と、常に命令形。ヤクザのように偉そうである。

妹は、私にずーっとにそばにいてほしがるのだが、私は母のこともやらなくちゃいけないし、夕飯をつくらなくちゃいけない。少し待っててよ、というと、妹はヒステリーを起こして叫びだす。
「うぎゃーーーーー！」
ゴジラのような咆哮も、施設では遠慮している（らしい）から、家でのお楽しみの一つなのかもしれない。頭痛が起きるほどうるさい。

・・・おねーちゃんはもう疲れました。
ぎゃーぎゃー叫んでる妹の隣に、私はごろりと横になる。
・・・そんなに暴れる体力があるなら、ちょっと私の肩でももみなさいよ。マッサージしてよ。
「うん！」
妹はピタリと吠えるのをやめて、私のマッサージを始めた。

と、いっても…他人の目には、マッサージにはとても見えないだろう。だって妹の手はぜんぜん自由に動かないのだ。すべての関節が拘縮し、硬直し、不随意運動をし、指はグーのままで指としての機能がない。不慣れな人が壊れたクレーンゲームを操作しているみたいなものだ。

それでも妹は、細い棒きれみたいな腕を一生懸命のばしてくる。私は妹の手に背中を寄せていく。幼児みたいに小さな拳が肩や背中に触れると、
・・・おお、気持ちいいね！
と言う。妹は、ふふふ、と笑う。
・・・もうちょっと右！ もうちょっと下！ そこそこ！
私の指示に応えようと、妹は力いっぱい腕を動かす。もちろん、ぜんぜんツボには当たらない。そっとさわったりかすめたり、トンとひとつ叩くだけだ。こそばいくらいだ。これがマッサージだと言ったら、見てる人は笑うかもしれない。

でも、本当に気持ちいいんだ。そうっと触れるだけなのに、ほんわり、じんわり、あたたかい。ハンドパワーかもしれない。もしくは姉妹パワーかも。

昔からそうだった。仕事で疲れて帰ってくると、私はよく妹にマッサージを頼んだ。妹はいつも嬉しそうに
「うん！」
と言って棒きれみたいな腕を懸命にのばし背中をさすってくれようとした。それで体が楽になることはないけれど、どんより重たいストレスが少しだけ軽くなるのだった。

・・・ありがとう。U子はマッサージがうまいねえ。
ほめると妹はすごく喜ぶ。知的にも身体にも重い障害をもつ妹は、誰かに何かをしてあげる機会は、たぶんすごく少ない。だから満面の笑みで喜びを表現する。
「うん！」
またやってね。
「うん！」
嬉しそうな妹を見ると、こういうときだけは可愛いなあと思う。叫んでるときは怪獣なんだけど。

さきほど妹は、駄々もこねずに大人しく施設へ帰っていった。

あの子は、グループホームができたことを知ってるのかな…知らないほうがいいかもな。