これまでのこと(3)

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「タバコをやめないと寝たきりになるよ、最悪死ぬよ」
とみんなに脅されていたのにオヤジはタバコを手放さなかった。
「タバコのためなら、かまわない」
と言い放ち、私の苦労など気にも留めない。

そんなだから体がよくなるはずもない。バタンと倒れる脳梗塞ではないが、細かい血管がつまるラクナ梗塞は何度も発症しているようで、一時的に立てなくなったりぼんやりする日がたびたびあった。じきに回復はするのだが、完全には戻らず、オヤジはちょっとずつ衰えていった。

歩ける距離がどんどん短くなり、電話やシャワーの使い方やカップラーメンの作り方がわからなくなった。エアコンの操作ができなくなった時点で留守番をさせられなくなり、ヘルパーさんを頼んだ。デイサービスも週3回に増やした。

こうなると『おでかけが最高のリハビリ』などと言ってられない。私ひとりで2台の車いすを押すことなんて不可能だから。
「車椅子を連結できたら便利なのに」
とか言いながら週1で近所のスーパーに連れ出し、月1の外食(車をおりてすぐ入れるとこ!)がやっとだった。春の花見と海へのドライブが一大イベント。オーストラリアから姪っ子がきてくれたときには「今だ!」とばかりに3年ぶりの焼肉屋へ行ったり、ワクチン接種をしにいった。

私は一日中トイレまわりの掃除と洗濯に追われていたけれど、すっかりそれが普通になった。うちは両親ともに穏やかな性格で、暴行や暴言などの問題行動もない。失禁なんて片づければすむ。だからそこまで大変だとは思っていなかったし、夜には自分の時間もとれた。ただどこへも出かけられないというだけだった。3時間も家をあけると、帰宅したときにオヤジが転んで倒れていたり失禁でドロドロになっているんだから、仕事と買い物以外は家に閉じこもるしかない。

よく『「助けて」と声をだす勇気』みたいな話があるけど、声をだせない人の気持ちが、今ならわかる。だって助けを求めていないのだから。ぎりぎりに追い詰められるまで「これが普通」と思っているから。「ほんとにもう!」くらいでべつに苦労だとも思っていないし、なんなら
「周りにもっと大変な人がたくさんいるからウチなんて楽勝」
くらいに思っている。せいぜい
「私なんて大したことしてないのに、なんでこんなに疲れてるんだろう」
という程度の自覚しかない。助けを呼ぶ必要性を感じないのだ。そして自覚したときにはもう遅いんだろうと思う。

先週、オヤジがとうとう入院した。救急車で運ばれて入院してお医者さんと看護師さんの管理下に入って・・・そうして、私の手を離れた。
「これからどうなるかわからないけれど、とりあえず明日の朝は失禁の片づけをしなくてもいい」
母さえみていればいいのだ。
負担は半分になった。

2日ほど眠れていなかったから、その夜は死んだように眠った。
そしてあくる朝。私は気が付いたのだ。
「うちの家、めっっっっちゃ汚い!」
ということに。
ほんとびっくりした!

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