オヤジがそこらへんにオシッコをまき散らすようになり
「話が違うー！無理ー！」
とケアマネさんに泣きついたその夜。
オヤジはまた転倒をした。
ケガはなかったが、とっさに縋った手すりが壊れるありさまだった。
そのあと、私はまじめに話てきかせた。
周囲からは「施設に入れたほうが」と勧められていたこと。
それもかわいそうだからと、私が無理に退院させたこと。
退院するとき、オヤジ自身と
「立ちションはしない、トイレで用を足す」
という約束をして家に帰ってきたこと。
今日の行動は約束破りだということ。
オヤジが約束を破ると私は仕事もできないしロクに眠れないこと。
この状態が続けばオヤジは施設に行くしかないこと。
（要介護２だから入れるないんだけど！）
どこまで理解できたかはわからないけど。
オヤジは神妙な顔で聞いていた。
なにかを考えていたのかもしれない。
夜が明けると。
オヤジは覚醒していた。
朝ごはんを食べていた時だ。
ほとんどしゃべれない、しゃべらないオヤジが、おもむろに口をひらいた。
「今日の夜、テレビで『ハリー・ポッター』やるやろ？
あれ、母さんと見よう」
日にちも時間もわかっていないはずのオヤジ。
言語障害で口がきけないはずのオヤジ。
なのにいきなり、今夜のテレビ番組について語りだしたのである。
私は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたに違いない。
「ふえええ？おとうさんんん？」
って答えてた気がする。
母は普通に
「あらハリーポッターやるんだ、いいね」
と答え、オヤジがまた
「金曜ロードショーがある」
と教えていた。
それはとても健全な、普通な、しっかりした夫婦の会話みたいだった。
脳梗塞の後遺症まんまんの夫婦とは思えない。
いつもというわけじゃないし、口の動きは悪いままなのでハッキリと話せるわけではない。
それでも言葉がでてくるだけでも驚きだ。
前日までは簡単な質問をしても首をひねってばかりいたのに、さまざまな答えを言うようになった。
いつもというわけではないが、大事なことは伝えられるようになった。
「さんちゃん、だっこしてあげるから、こっちおいで！」
ショートステイから帰宅したときには
「しっこビショビショー！」
と教えてくれた。だめやん…。
覚醒したオヤジは立ちションもしなくなった。
それどころか、パットをつけなくてはいけない、ということを理解した（自分ではつけられない）。
「何が起こったのでしょうね・・・」
とケアマネさんもびっくりしている。
相変わらずすぐコケるので目が離せないことには変わりないが、黄色い池の始末をしなくなっただけでも天国のようである。
・・・が！
これで一件落着というわけではない。
介護はそんなに単純じゃない。
覚醒し、少ししゃべるようになったおかげで、新たな事実が発覚するのだった。
