オヤジが市役所へ行きたいという。
「確定申告の用紙をもらいにいくねん」
そんなものネットでダウンロードすればいいようなものだが、これもオヤジが外出するきっかけだと思って、仕事のついでに送っていった。
我が家から市役所まで約5キロ。
朝だから車で15分くらいかかった。
「2時間くらいで迎えにいくから。待っててね」
役所の入り口でオヤジを下ろし、私は仕事に行った。
ソファがたくさんあるから居眠りして待っているだろう。
お腹がすいたらコンビニもある。
バスも電車も走っているから、待ちきれなくなったら自分で帰るだろう。
・・・私は完全に油断していた。
2時間後、オヤジに電話した。
今どこ?
「えっとね、えっと、もうすぐ、家」
迎えを待たずに帰ってきたのか。
バスをおりて歩いてるの?
「ち、がう」
答える声はとぎれとぎれで、少し息が荒かった。
「あるい、てる、ねん」
うん、バス停から歩いてるんでしょ。
バス停から家まで150mほどだろうか。
オヤジはとにかく体力がないし、アップダウンがあるからつらいのだろう。
転ばないように気をつけてね。
「ちゃう、ちゃう。役所、から」
・・・え?
「役、所、から!」
まさか役所から家まで歩いてんの!?
「そう!」
5キロの道を!
車で15分近くかかる道のりを!
火星人みたいにひょろひょろ足のオヤジが歩いているという!
車をとばして帰宅すると、オヤジは疲れ果てて座り込んでいた。
・・・大丈夫? 転ばなかった?
「オシッコにいきたくて、たいへんやった」
そか。
よく頑張ったな。
なぜ歩いた?
「確定申告の用紙はすぐにもらえた。
餃子を食べたくて王将に行ったら、まだ開いてなかった。
だから歩いて帰った」
だからなぜ歩いた?
「わからん」
せやな。
わからんな。
でも、わかるぞ!
私にはわかるぞ!
バス停は単に見つけられなかっただけ。
電車の駅は知っているが、逆方向だ。
戻らなくちゃいけない。
オヤジはそれがイヤだったのだ。
200mを戻るくらいなら5キロ歩いて家に帰ろうと思ったのだ。
Uターンが嫌いだから。
引き返すのは、なんかイヤ。
ひたすら前へ進むのだー!
私とそっくり!
戻ればいいのに戻らないの。戻りたくないの。
頭ではわかってるのに進んで進んで進みつづけて迷子になる。
完全にアホである。
私も何度もそういうことをしてきた。
ウズベキスタンの砂漠で迷ったときもそうだったなあ・・・。
認めたくないが私とオヤジは本当に似ている。
方向音痴親子なのだ。
普段は10分もあるけば「限界」とか言ってるくせに、本当によく帰ってこれたものだと思う。
そのあとオヤジは男子高校生なみにたくさんの昼ごはんを食べた。
頭もシャッキリしていた。
異状はないようだ。
ちょっと怖かったけど、転んだり道に迷ったりしなくてよかった。