まだ進化する母

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母は読書が大好きだ。暇さえあれば本を読んでいる。高次脳機能障害のせいで5年前まで文字を読めなかったなんてウソみたい。

ちょっとずつ練習して、初めて読めるようになったのはタブレットの電子書籍だった。次に、図書館にある「大きな文字の本」が読めるようになった。それから子供の本が読めるようになった。それから単行本が読めるようになった。

新書が読めるようになったのは、去年の夏のこと。
「これで推理小説が読める!」
と喜び、以来、西村京太郎のトラベルミステリーを読み漁っている。
だが不思議なことに文庫本だけはまだ読めない。
新書よりも少しだけ字が小さいのだろうか? よくわからないけど。
「あとちょっとなんだけどねえ」
と言いながら何度かチャレンジしては挫折していた。

それが。
先週、読めるようになったのです。
文庫本が、読めるようになったのです。
とうとう全制覇ですよ。
なんでもござれですよ。
なんでも読めるようになったのですよ!

ちなみに今読んでるのはこれです。

それだけじゃない。
えらく物覚えがよくなった。

たとえば、デイで作ってきたカーネーションについて尋ねると
「折り紙を2枚重ねてね、こう折って、それから上のほうを切って」
と手順を詳しく教えてくれる。
今までなら「知らん」で済ませていたのに。

また、母はよくテレビを見ているので、今日はどんなニュースがあった? と尋ねると
「東京で大きな事故があったらしいね」
「阪神の藤浪が復帰したよ」
「天気予報で、雨は明日の朝にはやみます、って言ってた」
いーっぱい覚えてるの!
今までならせいぜい一つしか覚えられなかったのに。

久しぶりに会った人が
「普通に話せるんだねえ!」
と驚いていた。
私でさえ、
「これもう高次脳が治ったんじゃないの?」
と思うレベルである。
トンチンカンなことなど一つも言わないから面白くないくらいである。

それなのに。
ああ、それなのに!
自分の体の状態に関してだけはどうしても理解できない。

私が仕事に出ているあいだ、1時間だけお留守番をしてもらったのだが、帰宅すると車椅子が変な方を向き、姿勢もだいぶずれていた。恐ろしいことに車椅子からの脱走を図っていたのである。
・・・どうしたの?
「うん、ちょっと、トイレに行こうと思って」
・・・気持ちはわかるけど無理じゃない?
「壁伝いに歩いて行けると思う」
・・・たとえトイレまで行けてもさあ、片手で手すりをつかんで立ったら、ズボンを下ろせないよ。
「そうかなあ、できる気がするんだけど」

母はこんなにも回復したのに。
妄想も作話もなくなって、こんなにもしっかりと話せるようになったのに。
左手が動かないことや歩けないことだけは、どうしても覚えられないのだ。
脳味噌って不思議だなあ。

縦列駐にゃんこ。

母は記憶力が回復したおかげでテレビCMに惑わされるようになり、
「ケンタッキーの500円ランチが食べたい!」
とうるさいです。明日はケンタへ行ってきます。