やっと読めた。羽田圭介『スクラップ・アンド・ビルド』

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「早くお迎えに来てほしいわ」
が口癖の高齢者は多い。すーっごく多い。
毎日のように「死にたい」って言われたら、あなたはどう答えますか?

2016年に芥川賞をとった小説『スクラップ・アンド・ビルド』には、そんな「死にたい」が口癖の祖父が出てくる。

※注意!※
この先は本のネタバレを含みます。

主人公は28才の青年。求職中のため実家住みで、在宅介護中の祖父(要介護3)の入浴介助などを担当している。祖父が毎日「死にたい」というので、その願いを叶えてあげるべく考えを巡らせ始める。

介護がテーマの小説なんだけど、主人公の視点がまあ厳しいの!
介護職の人はいろいろと思うところがあるんじゃないかなあ。

たとえば彼は祖父のショートステイ先を「抜き打ちチェック」のつもりで見にいく。そこで大声でよくしゃべり元気そうに見える利用者が車椅子にのせてられいる姿を見てこう思う。

プロの過剰な足し算介護を目の当たりにした。健斗は不愉快さを覚える。被介護者への優しさに見えるその介護も(中略)仕事の邪魔をされないための、転倒されて責任追及されるリスクを減らすための行為であることは明らかだ。
(中略)
要介護三を五にするための介護。介護等級が上がれば、国や自治体から施設側へ支給される金の額も上がる。
(中略)
所詮、労働者ヘルパーたちは自分たちが楽に仕事をこなすために”優しさ”を発揮するだけ

だああああ! なんて勝手なことををををを!
たとえ70代で元気そうに見えても人それぞれの身体状況あるやんけ!
麻痺してたり骨折してたりするかもしれへんやん!
介護業界の人手不足っぷりを知らんのかああああ!
今どきはすぐ訴訟になるしモンスター家族もいるから慎重にもなるよ。

・・・読みながらムッとしちゃったわ・・・。
主人公はまだ若いし自分ちの介護しか知らないから、そこまで想像できないんだろう。
「文句あるんやったらお前が施設で働けや、求職中やろ!?」
と思うけど、この主人公の健斗君は一貫して、介護職とか看護師さんとかを良く思っていないみたい。実際、そんなふうに捉えている家族さんもいるんだろうなあって、怖いような嫌な気持ちになった。

ティッシュを落とした母を後ろから冷ややかに眺めるサンジ君。猫の手は貸せない。

一方で、私は家族側として健斗君の言い分もわかる。
食後の皿の片付けや洗濯物畳みなど、できることは祖父自身にやらせることが結局はリハビリになる。「可哀想だからやってあげればいいのに」と言う親戚にかける
「だまれ素人!」
は共感する人も多いはず。

逆に、全てをやってあげてしまう至れり尽くせりな過剰な介護(施設のような介護)は、頭も体も弱らせて最終的には寝たきり、死に至ると健斗は言う。
・・・やっぱり一言いいたくなる。
マイナスの介護、「バリアあり」の介護は施設でもある程度やっている。ただ圧倒的に人手が足りないから全てはできない。文句言うなら施設を選べよ健斗。

ついでに言いたい。壁と天井しか見えない部屋、デイと病院以外は外出もできない、やることもない日々が地獄だから死なせてやりたいっていうんなら、たまには自分で連れ出してやれよ健斗。あのじいちゃんなら連れ出して大丈夫だよ。

さて、祖父を死なせてやりたい健斗は過剰な介護を始める。洗濯物を畳んでやったりして祖父の仕事を奪うのだ。死なせたいがために、今まで放置気味だった祖父に積極的に関わり、優しく接する。

ある日、祖父は風呂で溺れそうになる。健斗が慌てて引張りあげると祖父はいった。
「死ぬとこだった」
と。
え? 死にたいんじゃなかったの?
と健斗はびっくりだ。

重いような軽いような、シニカルなようなコミカルなような、この本。微妙な笑いが止まらない場面だ。

「死にたい死にたい」と言う人がぜんぶ本気で死にたいわけじゃない。つらいから助けてくれって言ってる場合がほとんどだ。高齢者も同じ。死ぬのは怖いし死にたくない。そういえばうちの利用者さんも
「早くお迎えが来ないかしら」
が口癖なんだけど、そのあとつづけてこう付け加える。
「でも今すぐ死にたいわけじゃないのよ」
知ってます。

でも年若い主人公は死にたいという言葉をまっすぐ真に受けてしまう。
「年をとるということは、なんてつらいんだろう、可哀想だから死なせてやろう」
と解釈する健斗君が、優しいような・・・ちょっとアホなような。

この祖父、要介護3のわりに元気なのだ。杖をつけば2階まで上れるし、洗濯物もたためるし、自分のことを「馬鹿になった」って言ってるくらいだから頭もしっかりしている。その中途半端さが家族にとってはストレスなタイプの要介護だ。それでいて介護スタッフにセクハラするし、家族が見てないところでは杖もなしでピンピン動いているらしい。孫の企みなんてお見通しだった。実際に「家とデイではぜんぜん違う」っていう利用者さんがよくいてはるけど、いろいろ理由があるんだろうなあと思った。

高齢者って、なかなか食えない。そんな話だった。おもしろかった。

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