Twitterでこんな言葉を見かけた。
熱心な介護と支配欲は紙一重
— 20代介護士キリン (@kaigo11) 2018年9月8日
・・・熱心な介護と支配欲は紙一重。
ちょっと怖い言葉だけど真実だなあと思った。
介護士さんのツイートだけど、私がこの言葉で思い浮かべたのは家族介護のことだった。ときどき見かける「熱心な介護者」。もちろんそれは悪いことじゃない。夫婦だったり親子だったり、家族愛があふれる介護。ただ、愛があふれすぎてて大丈夫かなってことがある。
これはかつて、母がよく話してくれたこと。
たとえば、障害児の母親。
たとえば、妻の介護を何年もつづけている夫。
長期間、介護をつづけていると一心同体になってしまって
「この子には私が必要だ」
「こいつには俺がいなければダメなんだ」
と思いこむことがある。
自分が一番、家族のことをわかっているから、自分のやり方が一番いいのだから。介護士や看護師のやり方がちょっとでも違うと気に入らない。それでますます
「この子の介護は私でなければダメだ」
と思い込んでしまう。
「この子は私のもの!」
「妻には私が必要だ!」
母はよく言っていたものだ。
「誰かが誰かのモノなわけないやん? 本人は『デイサービスにも行きたいなあ』『もっといろんな人と会いたいなあ』って思ってても、愛情からそうするわけだから、言えないやん」
「介護が必要な人は、なるべく多くの人にみてもらって、たくさんの人に関わってもらうべき。ヘルパーさんや施設に慣れていないと、家族が倒れたときにものすごーく辛いことになるんよ」
・・・あれ、支配欲ではなく独占欲、執着の話になってしまった。
支配欲とは「相手を自分の思い通りにしたいと思うこと」だ。
介護だと
「こうなってほしい」
と思うことがよくある。
もっと食べてほしい。
もっとリハビリしてほしい。
もっとトイレを使ってほしい。
それはもちろん本人のため。その人のため。
なのにうまくいかないと
「ほんとにもー!」
と怒っちゃう。
イライラしちゃう。
なぜだろう?
「自分の思いどおりに動いてくれないから」
のだろう。
介護だけじゃない。人が苛立ったり怒ったりする原因はたいていコレだ。他人が思い通りに動かないから怒る。自分以外の人間を意のままに操れるわけがないんだけどね?
介護の場合、関係が近ければ近いほど勘違いしてしまう。思いどおりになるんじゃないかって期待してしまう。熱心に介護すればするほど、期待値は大きくなるのかもしれない。
「執着するな」
と説いたのはお釈迦様だ。
執着しなければ怒ることもイライラもなく楽になるんだって。
などと言いつつ私は今日も母とケンカをした。
私「ちゃんと座ってからおしっこしてよ、あと0.5秒の我慢なのに!」
母「座ったもん! 我慢したんだもん! あんたが遅いんやんか!」
私「座ってないし! 我慢できてないし! 汚れたし!」
母「なんでよー!」
すっごい腹が立ったから、そのあと2人でドーナツをむしゃむしゃ食べながら『絶対零度』の録画を見てた。2人そろってまた太った。
悟りを開くには、まだまだ修行が足りないみたいだ。
コメント
熱心な介護と支配欲は紙一重かぁ。
まったくそれは私のことですわ~。
「自分の思い通りに動いてくれない」と、イライラ、怒ったり、どうしてもね。
在宅介護って、厳しいね。
どうしてもね。
愛し、執着し、煩悩を捨てられないのが人間ですから(笑)
お釈迦様のようにはいきませんよ~。