オヤジ、元職場へ顔をみせる

案内ハガキが届いたのはいつだっただろうか。
オヤジの職場のOB会のお知らせはがき。
退職した人たちでゴルフをしてお茶会をする会で、コロナで中止が続いていたけれど
「今年は集まります」
と。
「行きたい！」
とオヤジは言った。
オヤジがこんなにはっきり意思表示をするのは珍しいことだから、これは連れていかねばならぬと思った。
さすがにゴルフは無理だからお茶会だけでも。

問題は、階段だ。
会場は２階にあってエレベーターはない。
なんとか自力で２階まで上らなくちゃいけない。
そのために
「リハビリするよ！」
私はハッパをかけた。
生まれつき努力というものが大嫌いなオヤジだが、目標があれば少しくらいは頑張れるはず。
そこで毎朝散歩をした。
私と一緒にえっちらおっちら１０分ほど歩いた。
劇的な変化はないけれど、あの怠けオヤジが散歩をしているというだけでもう劇的である。

いよいよ本番が迫ってきた先週。
私はハタと気がついた。
「服がない！」
職場に顔をだすこともあり、オヤジはどうしてもスーツで行くという。
しかし退職して２、３年のあいだにオヤジのお腹周りはＬから３Ｌまでサイズアップした。
昔のスーツはまるっきりぜんぜんちっとも入らない。
「仕事じゃないんだからセーターとスラックスでいいじゃない？」
と提案したが絶対にスーツを着るんだといってきかない。
ＯＢ会といったって仕事仲間に会うのである。
出勤はスーツと決めている。
仕方がないので買いにいったら、大きめサイズのせいもあり、なかなかのお値段がした・・・。

そして今日。
母はショートステイに預けた。
オヤジは朝からわくわくしっぱなし！
新しいスーツを着て髪も整えて、なんと歯も磨いたのだ！

駐車場からみた空

車で片道４０分かけてオヤジの元職場にたどり着くと
「おひさしぶりです！」
昔の同僚の人たちがにこにこして迎えてくれた。
会場まですこし遠いのでオヤジは車椅子に乗ってもらった。
「ちょっと覗いていきますか？懐かしいでしょう」
誘われて、車椅子を押して会社の中に入る。
「ここが毎日サボっていたデスクですよ！」
・・・ん？
「毎朝出勤するとね、デスクにずらーっとお菓子をならべて、パソコンでゲームしてましたねー！」
・・・んん？
「売店の店番を頼んだら熟睡しちゃって、お客さんに起こされて」
・・・んんん？
「仕事１割、遊び９割でしたもんね！」
あかんやん！
オヤジ、あかんすぎるやつやん！
給料泥棒やん！
老害もはなはだしい！

しかし
「いえいえ、それがいいんですよー！」
皆さんニコニコ笑っているのだ。
それからもたくさんの方が
「お久しぶり！」
「お元気でした！？」
とオヤジの顔をみにきてくださった。
どう見ても仕事しなかったのに、迷惑かけてばっかりなのに。
皆さんがオヤジを見る目はなんだかゆるキャラを見ているようなのだ。
ほとんどモフモフされている。
ゆるキャラみたいな上司ってどうなんだかわからないけれど。
とりあえず愛されキャラだったんだなあということがわかった。

オヤジは何十年も通った通勤路がわからなかったり、自分があまり歩けないことも忘れていたり、ぎりぎりまでおもらししてたり、まあいろいろあったけど、それでも会社へ着くとシャンとした。
歩く姿もよたよたながら普段よりは背筋が伸びていた。
大したものである。
大勢の人にお会いして、帰ってきたオヤジは帰りの車の中で
「いって、よかった」
とつぶやいた。
よかったよかった。
皆さんありがとうございました。