夕食のとき。
6才の龍ちゃんが声をあげた。
「おじいちゃん!『いただきます』、まだ言ってないよ?」
昔からそうだが、オヤジはいつも周りを待たずに食べてしまう。今もご飯が出されるなり箸をつけた。それを見た孫が
「いただきます、を言ってない!」
と指摘したのだ。
「あらあら、おじいちゃん、ダメだねえ」
「言い忘れたのかな」
「龍ちゃんはちゃんと言えてエライねえ」
私や母が口々にいうと、オヤジはなぜかむっとして
「言わない!」
と言い切った。
・・・なんだそれ。
だが龍ちゃんも負けてはいない。
「だめなんだよ。えっとね、ごはんを食べるときは『いただきます』っていうの!」
おじいちゃんを諭した。
するとオヤジは怒った様子で
「おれは、ぜったいに、言わないんだー!」
・・・幼稚園児を相手に何をムキになっているのだろうこの老人は。
龍ちゃんはしばらくキョトンとしていたが、やがて
「おじいちゃん、ちょうし、わるいの?」
とたずねた。
オヤジの体調(おとぼけ具合)には波があり、大人たちが
「今日は調子いいね」
「また調子が落ちてるね」
と話すのを聞いていたのだろう。そして、大人のくせに『いただきます』を言わないなんてありえないから、体調が悪いせいだろう、と考えたのだ。
理不尽に怒られたにもかかわらず
「ちょうし、わるいの?」
と心配してくる子供の瞳にオヤジは勝てなかった。
消え入りそうに小さな声で
「いただきます」
と呟いた。
・・・いや、最初から言えよ・・・。
ごめんね龍ちゃん、体調のせいじゃないの。
おじいちゃんは龍ちゃんよりも子供なの。