昨日。夕方のテレビでサーフィンが取り上げられていた。来年のオリンピックで正式競技となるため、採点や見どころについての特集をやっていたのだ。
ふーん、と流して見ていたら
「いいなー!」
母が若々しい声をあげた。
「私もやりたいな!」
いやいやまさか。
母がサーフィンだなんて。
冗談でしょう?
「本気よ!」
おかあさん、車椅子なのに?
サーフボードの上どころか地面にだって立てないやん。
「でも私ならきっと上手にサーフィンできると思うの!」
その自信は一体どこからわいてくるのだろうか。
「だって水泳は得意だもん!」
サーフィンて泳ぐか?
「知らないけどやってみたい!」
むちゃくちゃである。
むちゃくちゃであるが母の「挑戦したい」という気持ちは大事にせねばならぬ。
たとえ身体障害者であろうとも。
たとえ高齢者であろうとも。
たとえ要介護であろうとも。
チャレンジすることは大切だ。
たった一度の人生だもん。
新しい刺激はきっと生きる気力になるだろう。
とか言いたいのは山々だけれども!
実際、脊損のサーファーとかけっこういてはるんですけれども!
うちの母にサーフィンを挑戦させるなんて、
・・・いくらなんでも大変すぎるやろ(私が)。
ということであきらめてVRで波乗りに挑戦していただくことにした。
VRゴーグルをつけた母は
「何が始まるの?」
と興味津々。
じきに
「海ー!」
と歓声をあげた。
が、慣れないせいか、それともゴーグルが重いせいか、じーっとしている。
「そんなんじゃVRの価値ないよ。360度どこでも見えるから、もっと首を動かして上下左右を見てごらん」
アドバイスしてみたけどやっぱり動かない。そういえば母は麻痺のせいで首を動かすのが不得意なのだった。基本、下ばっかり向いている。VRなのに。
それでも
「気持ちいーい! おかーさん泳いでるよ!」
と楽しんでいるからまあいいか。
気に入ったのなら他の動画も見る?
「どんなのがあるの?」
いろいろあるよ。ジェットコースターに、スキューバダイビングに、スカイダイビングに・・・
「それにする!」
・・・え?
「スカイダイビング!」
いいのかなあ。
ほんとにいいのかなあ。
ちょっと心配しながらも動画を再生。
母は間もなく歓声をあげた。
・・・いや違った。
悲鳴をあげた。
「怖いーーーーーー!」
「おちるうううううう!」
「こわすぎるうううう!」
大笑いしながらゴーグルを脱ぎ捨てた。
母は高所恐怖症なのだ。
なのにどうしてスカイダイビングを選択したのか。
「だってただの映像だし。お家だから大丈夫だと思ったの!」
VRが予想以上にリアルだったので大丈夫じゃなかったらしいです。
「おもしろいものがあるんだねえ」
感心しきりである。
だいぶ前からあるんだけどね?
母が気に入ったようだから、明日は動物か海外の景色でも見るとするかなあ。
いずれもっと画質がよくなって、匂いや触感も味わえるようになって、ヴァーチャルな旅ができるようになるんだろうな。早くそうなればいいな。そうしたら、年をとって体が不自由になっても旅行に行ったような気持ちになれるから。
旅行とかスカイダイビングとか、そんな特別な体験じゃなくてもいい。今のこの瞬間を録画しておくのはどうかな。両親がいて猫がいて、ささやかだけど幸せな今。いつか私ひとりになったとき、VRの世界で懐かしむために。何十年後にもサンジとシシィに会えるように。
・・・うん、やっぱり、やめとこ。