タイトなスケジュールの日帰り旅行で一番心配だったのが、
「飛行機に間に合うように空港へ行けるかどうか」
だった。
ドンムアン空港への交通手段はバスかタクシーしかない。なのに、バンコクの渋滞はかなりひどいのだ。普段なら30分で行ける距離でも渋滞にハマると1時間半くらいかかると聞く。
雨が降ってきた時点で「ちょっとやばいかも」と思っていた。スコールがくると道が混む。そこで買い物の予定を切り上げて、ちょっと早めにタクシーを拾い、空港へ向かった。
やっぱり道は混んでいた。昼間だからスイスイ行けるはずなのに。
「1時間あれば着くよ。間に合うから大丈夫」
と、タクシードライバーのおっちゃんは笑って受けあった。
ドライバーのおっちゃんは60代で、英語は私と同じくぼちぼち話せる程度。おしゃべり好きらしく、いろいろ話してくれた。子供のこと。奥さんが怖いこと。日本に行って稼ぎたいいこと。それから王様のこと。
タイは2年前に王様が代替わりした。前の国王・プミポン王は国民からむちゃくちゃ慕われ、尊敬されており、彼の鶴の一声でデモが止むくらいだった。
ところが今の王様はちょっと違うみたいだ。
新しい王様はどう?と尋ねると、タクシードライバーは無言で中指を突き立てた! 私は目を疑った。タイ国民は王室に対する尊敬が厚い。5年前にタイへ来たときは、こんなことする人は一人もいなかったはずだ。
不敬罪に当たるからだろう、ドライバーは少し声をひそめた。
「街中で肖像画を見たかい? ビルの壁なんかに飾られてる絵。前国王は大きい絵が多いだろ。今の王様のは、ちっちゃいね」
そう話しながら、ドライバーは高速道路から見えるビル群を指さした。あちらこちらのビルに王様の肖像画が掲げられているが、その多くが前国王のものだった。現国王の絵もあるにはあるが、比較的小さい絵が多かった。
「今の王様はダメだ」
と、おっちゃんはいまいましげに呟いた。
・・・タイも変わったなあ。
空港に着いたとき、ドライバーのおっちゃんがこう訊いてきた。
「次はいつバンコクに帰ってくるんだい?」
冗談まじりに。
軽い調子で。
「日本って近いのかい?」
うん、近いよ。
と私は答えた。
日帰りできるくらいなんだから。
またすぐに来るよ。
また旅に戻るよ。
それまで、またね。
そうして私は帰りの飛行機に乗った。