道のつづき

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先日、ライターの方にインタビューを受けた。紙面バージョンは先月の朝日新聞に載り、ネットバージョンが2/7付のREライフ.comに掲載された。

実はこのインタビューのとき私はほとんど声が出ない状態だった。のど風邪の治りかけのときにデイサービスの仕事でめいっぱい歌を歌ったら、ぜんぜん出なくなっちゃったのだ。かすれ声で本当に申し訳なかったが、ライター氏は私の話を素晴らしくきれいにまとめてくださった。本当、プロってすごい!

・・・2年前、私は本をを出版した(『おでかけは最高のリハビリ』)。
出版したからといって大きく何かが変ったりはしない。そもそも重版にさえなってないし。
ただ、いろんな方と出会うことができた。
出版社の方や作家先生、記者の方々など。
それに親をつれて2度も東京へ行ったっけ。

普段は小さな街をくるくる回るばかりで市外に出ることさえないし、コテコテの関西弁のおばあちゃんたちに囲まれているのに。取材や授賞式で、ささやかな日常生活とはかけ離れた方たちのお話を聞くことができたし、小さな街にいては出会えない人たちとお会いすることができた。
以前、
「出会いはいつも神様からのプレゼントでありメッセージだ」
と教えてもらったことがある。
私は本を出すことで、夢のような出会いや貴重なメッセージをたくさんいただくことができたのだ。
なんて幸せなことだろうと思う。

・・・時折、道を思い出す。
10年近く前、長い一人旅の最後に歩いたガラパゴスの道を。

イサベラ島の夕日。逆光の中で見えづらいけど海辺の道を写している

この道を、私はずっと歩いてきたのだと思った。
去年の南アフリカから歩きはじめた道。
・・・いや、本当はもっとずっと前から歩きつづけてきた道なんだろう。

私は運命を信じないし
人生に意味なんてないと思うし
夢は願えば必ず叶うなんてウソだと知ってる。
だけど私はここまで来た。

どの国へ行くか。
どちらへ向かうか。
交通手段はどうするか。
無数にあらわれる旅の選択肢のなかで
ひとつひとつを選択して
その結果、今、ここにいる。

ときには、行きたい方に進めないこともあった。
間違えて悔やんだこともあった。
分かれ道に気づかないことさえあった。
だけど
たとえどんな道であっても
選んだのは私自身だ。
この道が、どこへ続くにしても。

妬まず
憎まず
不平を言わず
ガラパゴスの先へつづくこの道を
笑って歩いていきたいと思った。

(当時の日記より)

写真にうつるこの道の先を、私は今も歩いている。
介護職に就くことで、本を出版することで、道は曲がったり伸びたり、細くなったり開けたりしながら続いている。
ガラパゴスからウィーンへ、東京へ・・・その先はまだわからないけれど。
道に迷っても大丈夫。
迷子になるのは慣れている。
人に尋ね、歩きまわり、壁を越えて、隠れた小道を探せばいい。
道は必ずどこかにつながっている。