忘れることはいいことだ

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デイサービスの帰りの車内でのこと。
認知症のAさんと、しっかり者のBさんが、こんな会話をしていた。

A「私、お風呂入ったんやっけ?」
B「入ったやろ」
A「そうか。そういえば私、傘も忘れてきた」
B「ええやん。ぬれたって死ぬわけじゃなし」
A「せやな。ぬれたって溶けるわけじゃなし」
B「なんやそれ、アイスクリームじゃあるまいし。まあ、雨で溶けるんやったらそのほうが楽でええかもな」
A「苦しまずに逝けそうやもんな」
B「溶けて若返るんやったらもっとええかな」
A「私はええわ。子供にもどったら勉強せなあかん。ところで私、お風呂入ったかな?」
B「入ったでー」
A「近頃なんでもすぐに忘れてしまうねん。息子に『オカンは死ぬのも忘れてるんちゃうか』って言われるわ」
B「なんて答えるん?」
A「『私は忘れてへんけど、お迎えが来うへんから、あっちが忘れとんのやろ』って。そういえば私、お風呂に入ったかな?」

Aさんは「私お風呂に入ったかな?」を1分ごとに繰り返していたが、Bさんも他の人たちも誰一人そこには突っ込まない。Aさんのくりかえしは漫才の天丼(同じボケを何度も繰り返す手法)みたいなもので、くりかえされるたびに車内ではなごやかな笑いが起きていた。

・・・世の中は殺伐としている。顔をみたこともない人どうしがSNS上でいがみあい、揚げ足取りをして、他人を攻撃することでストレスを発散する時代。弱者は電車に乗っただけでも、歩道を歩いているだけでも叩かれるという。

元気で健康で自分を「まとも」だと思ってる人々は、他人が失敗したらすぐに指摘する。ああしてはいけない。こうしてはいけない。ひとに迷惑をかけてはいけない。間違ってはいけない。ルールを守らなくてはいけない。常識を知らなくてはいけない。なんて狭苦しい生き方だろう。

私は、デイサービスのおばあちゃんたちのほうが、認知症で同じことばっかり言ってるおばあちゃんのほうが、ずっと「まとも」なんじゃないかと思うのだ。

うちのデイの利用者さんたちは、私たちスタッフが間違っても失敗してもみんな
「ええよ、ええよ」
と許してくれる。
「大丈夫。うちらどうせすぐ忘れるから!」
と笑ってくれる。
おばあちゃんたちは、自分が失敗することをわかっているから人の失敗も許せるのだ。

認知症でなくたって、人間はみんな失敗する。みんな間違う。みんな他人に迷惑をかけている。だから些細な間違いくらい、みんな忘れちゃえばいいのにと思う。

「忘れるのは私の特技!」
とAさんは言う。
A「いいことも悪いこともぜーんぶ忘れる! 気楽なもんや」
B「それはええけど、旦那さんのことは忘れんとってあげてや」
A「えー? うち、旦那なんか、おったかなあ?」

車内にまたどっと笑いが湧いた。
(ある程度)忘れることはいいことだ。たぶん。きっと。

本日の猫写真。

私のイスを奪取することはけして忘れないサンジ君…。