高齢者に車の運転をあきらめてもらう方法、その理想と現実(2)我が家の場合

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昨日の記事『高齢者に運転をあきらめてもらう方法(1)』は巷でよく言われている方法を並べてみただけだ。これでできればいいなあっていう、理想のようなもの。

現実はそう簡単じゃない。
今現在、私たちが悩んでいる話を書いていく。
「叔父に車をあきらめてもらう方法がわからない」という話だ。

前提
・叔父(65才)独身、子供なし、貯金なし
・2度の脳梗塞により運動能力が低下
・退院すれば自宅で一人暮らし
・要支援2
・親族は車で30分の所に住むが関係はあまり良くない

・職業は自称カメラマン(自称!)。芸術家肌で、自分の生き方やスタイルに強いこだわりがあり、非常に頑固。

最初の脳梗塞を起こしたのは2年前。このときはドクター・ストップが出なかったが、退院後に受けたシュミレーションテストに落第し、
「危ないから運転はやめるように」
と言われたそうだ。だが、そこは免許センターなどの公式な施設ではなかったらしく、叔父によれば
「法の制約はないねんけど、事故を起こしたら100%こちらの過失になる」
という状態だった。よくわからない。

いったいどこのテストだったんだろうか?
よくそんな恐ろしい状態で運転ができるな?
そんな状態でも免許の更新ができてしまったのは問題じゃないか?
謎だらけだが、とにかく
「運転したらダメって言われてる状態でも無視して乗りつづけた」
ということだけはわかった。
(私たちはこの事実をつい最近まで知らなかった。)

それから2年後の今年、叔父は再び脳梗塞を起こした。こんどは麻痺と軽い高次脳が残った。誰が見ても運転なんてさせられる状態じゃない。だが本人はそれを認めない!

5か月に及ぶ入院生活もそろそろ終わりに近づいている。私たち親族はなんとかしてこの人から車を遠ざけなければならない。

1)説得する

まあ、だいたい皆ここでつまずくのだ。説得してきくようなら誰も困らない。

叔父は自由人であり、独身の一人暮らし。ずーっと思いのままに生きてきた。姉や姪のいうことに耳を貸す人ではない。そこで「信頼できる他人」に説得してもらうことにした。

まずは叔父の「親友」という人に頼んでみたけれど・・・なんていうか、その人も、類は友を呼ぶ的な自由人で・・・止めてもらった形跡がみとめられない。

次に「目上の人」。自称・芸術家の叔父は、会社勤めをしたことがなく、元上司や先輩などの目上の人なんて存在しなかった。

次に「地域の人」。入院中なので、看護師さん、PTさん、ソーシャルワーカー、ケアマネ、それぞれに言ってもらったのだが、返ってきた言葉は
「考えてみる」
考えてみる!
一体何を考えるというのだ!?

退院があと2週間に迫った頃、ようやく担当医師がはっきりと言ってくれた。
「とてもじゃないが運転なんて無理です。不可です!」
「・・・・」
黙った。
黙ったよ。
ハイって言わないよ。

でもこれで正式にドクター・ストップが出たのである。
私たちは声を大にして力いっぱい説得を進めることができる。

というか、ドクター・ストップが出たからには、叔父から車を取り上げることは、私たちの社会的義務である。

 

2)免許を返納する

本人に確認してみると、
「もう運転してはいけない」
ということは、理解している、らしい。(本当かな?)

そこで免許の自主返納を提案した。

だが案の定…
「しない! 免許は絶対に返納しない!」
でもドクター・ストップだからもう免許更新できないよ。どうせ期限切れちゃうよ。
「かまわない!」
身分証がないと困るから、運転経歴証明書をもらいに行こうよ。
「そんなのはいらん! マイナンバーカードがある!」

運転経歴証明書って、あんまり魅力ないんですよ。「現金5万円もらえる」とかのほうが絶対に釣れると思うよ!

体が不自由になればなるほど、公共機関を使いこなすのは難しくなる。タクシー券やバスの割引がいくらあったところで足りるもんじゃない。

昨日の記事でも書いたように、公安委員会に訴えれば強制的に免許をとりあげることはできる(最終的にはそうするつもりだ)。そうすると今度は、激昂した叔父が何をしでかすかわからない、という恐怖感がある。精神的に不安定な人であり、失うものが何もない人だから、暴走する可能性もある。

 

3)車を処分する

自主返納が無理なら、車を処分する方向にもっていきたいが、これも難しい。車を売ったり廃車するにはどうしても本人の同意(サイン)が必要だからだ。

だが同意しない。頑なに同意しない。維持費がかかるから売っちゃおうよ、と言っても
「絶対に売らん!」
運転できないのに持ってたってしかたないよ? とつっこむと、黙って怒っていた。とにかく他人に口を出されるのが嫌なのだろう。

それでもかなりの時間をかけて、なんとか車を処分することだけは同意した。
・・・同意した、けれども!
手続きに私たちが関与することは一切、認めない。
「自分でやる!自分でやる!自分でやる!」
狂ったように同じ言葉をくりかえす。
「退院してからゆっくりやるから!」
退院してから?
それっていつのこと?
だいたい、言語障害があるから業者さんに電話をかけることもできない。書類を取り寄せることもできない。それを私たちが手伝うと申し出ても
「ほっといてくれ!」
の一点張り。「ああ、これは処分する気ないな」とその場にいた誰もが思った。傍でみていた病院の人でさえそう思った。

運転しないと口では言っても、前科があるから信用できない。せめて車のキーを預からせてくれと申し出ると、
「ダメだ!なんでそんな必要がある!」
激怒して終わってしまった。もう誰にも手がつけられない。

うちの叔父はアホだけど理性があるからマシな方。運転はやめてと言ったら暴言を吐く、わめく、殴りかかってくる人も珍しくないという。キーを隠しても隠しても探しだしてきたり。高齢者に運転をやめてもらうということは、本当に大変なことなのだ。

 

まとめ

免許をとりあげるのは簡単だ。が、 免許がなくても運転する人は山ほどいる。そして事故る。うちの叔父は成年後見人をつけられるほど判断力が衰えているわけでもない。ただのアホなのである。アホにつける薬はなく、無免許運転をする前に捕まえる法律はない。私たち親族には車をとりあげる力もない。

車を手放せない理由は一般的に、不便になるからというのもあるだろう。年寄りあつかいされたくないというプライドもあるだろう。うちの叔父の場合は他人にとやかく言われたくない(たとえその相手が法律であっても!)というところか。これが病気のせいなら成年後見人をつけるという手もあるのに、ただの性格、ワガママだから困ったものだ(昔から私たちは何度も迷惑を被ってきた)。

憂鬱なことなので、猫に癒してもらいつつ。

退院してしまえば叔父は一人暮らしだから誰にも行動を見張ることはできない。たとえ今の車を処分したとしても、新しい車を買わないという保証はない。借金をしてでも買うかもしれない。

そう考えると、免許がないのに車を持っていられるのっておかしくないか?
免許ってなんのためにあるのだろう?
親族に扶養義務があるというのなら、この人の車をサインなしで処分する権利を与えてほしい。

もしどうしても車を処分しない場合、タイヤをロックすることくらいしか、私には考えつかない。でもなんとかしてはずしちゃうんだろうなー。

どなたか良い方法があればアドバイスお願いします!

コメント

  1. だださん,
    昨日は軽々しく「楽しみ」なんて言葉をつかってしまいごめんなさい。
    現実の厳しさ,わかっているつもりでも
    やはりどこか他人事としてとらえていた自分を痛感しました。

    • いえいえ!
      楽しみにしてくださってて嬉しいですよ!
      本当はもっと軽いタッチで書きたかったのですが、ついついトゲが出てしまいました(笑)
      まだまだ修行が足りません。