ちょっとだけでも明るい顔を

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母をつれて外へ出て、ほんの1,2分目を離したら、母の顔に黒いものが付いていた。
「おかーさん! 蚊! 顔に蚊が!」
「ん?」
左目の際にでっかい蚊がとまっているのに気づきもしない。麻痺側だから痛くも痒くもないし、見えてもいないのだろう。蚊は血を吸いすぎてお腹がパンパンにふくれあがって動けなくなっていた。しょうがないので私が指で取った。

刺されたところはすぐに腫れ、図書館を出る頃には母はお岩さんみたいになっていた。ウケた。


(人を起こしておいて自分は寝てるシシィ)

そんな母の頭痛は今日もおさまらない。午後になると痛むらしい。車椅子がガタガタ揺れるとズキンズキン響くんだそうだ。肩や首まわりを温めてみたり、ストレッチしたり、深呼吸したり…でも、そう簡単には治らないみたい。

緊張性頭痛は身体のコリの他に精神的なストレスも原因のひとつだという。私が仕事に行くのが気に入らないのかな、と思って尋ねたら
「うん、心配」
といわれた。やっぱり。でも、それは、諦めてくれ。慣れてくれ。

それよりもうひとつの原因「楽しみが少ない」というストレスを解決をしてみよう。目指すべき目標。私がいなくてもできる趣味。そんなものを探そう。

母の生き甲斐は旅行とバイオリン。どちらも母一人ではできないことだ。だからそれ以外で。
ピアノは? 片手で弾ける曲いっぱいあるでしょ?
「うーん…」
文章を書くのは?
「書くより読むほうが好き」
ゲームは? パズルは? 俳句は? 絵は?
「ぜんぶ興味ない」
うーーーーーーん。

何か片手でできる趣味はないかと、考えていて、思い出した。
いつだったか
「漢字検定に挑戦しよう」
と言っていた時期があった。問題集を買ってきたんだけど
「無理」
といってすぐ諦めた。たしか、半側空間無視のせいで、同じ偏の漢字の見分けがつかなくて挫折したのだった。

でも、あれから母は文字を読むのがうまくなった。普通の単行本も読めるようになった。だから去年よりはもうちょっといけるかもしれない。去年よりもっと簡単な問題集を買って試してみよう。

そういうと
「楽しくなってきた!」
母はニッコリほほ笑んだ。
「目指せ漢字検定! ついでに英検もトライしてみよう!」
お、おう…英語は…横文字はちょっとハードル高そうやけどな…。

ちょっと明るい顔が見られてよかった。