皆既月蝕

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「今夜は皆既月食ですよ」
とお知らせすると、心を病んで部屋に引きこもっている利用者さんが、ふっと顔をあげて
「うちのベランダからはお月さんがよう見えるんや」
とつぶやいた。
そして
「どや、晴れとるか」
と、久しく締め切っていた掃き出し窓を開けたんだ。
気持ちのいい秋風がさあっと入ってきた。


(秋の七草・フジバカマ)

月が欠けてゆく。
ゆっくり、ゆっくり。
でも確実に。
小さくなっていく。
「おとうさん、見て!月食!」
近所の庭から子供の声があがった。

私も両親と月見をした。
といっても庭だけど。
しかも短時間だけど。

まずは車椅子の母を連れ出して「寒いねー」っていうからすぐひっこめて。
次にオヤジに靴をはかせて、庭を歩かせ「ほうー」と言わせて片づけて。
これを2、3度くりかえす。
なかなか忙しない。
それでも、手入れもしていない庭木の上に浮かんだ月が小さくなるのを両親は喜んで見ていた。

皆既月食のさなか、友達が会いにきてくれた。
言いたいことはいっぱいあるらしいんだけど、あんまり上手に言葉がつながってなくて、ぐだぐだになって
「ほら月があんなに!」
って2人で笑いながら赤い月を見上げてた。
ありがとう。
お土産のお菓子おいしかった!

TwitterのTLには月の写真が並んだ。
みんな月を見上げているんだ、と思った。

ずっと遠くにいる友達も。
たくさんの悲しみを抱えているあの人も。
眠れないあの人も。
寝たきりのあの子も。
入所中の妹は、施設の窓から空を見上げているだろうか。
世界は空でつながっていて、たった一つの月をみんなで見上げている。

・・・窓を開けた利用者さんは、皆既月食を見られたかな。