猫のサンジが脱走した。
発情期なのだろう、このあいだから近所を野良猫がうろついて落ち着かない様子だった。オヤジにも
「出ていかないよう気をつけて」
と注意はしてたけど、やっぱり逃してしまった。オヤジがゆっくりしか動けないことをサンジもよく知っているのだ。
幸いすぐに気がついたのでまだ庭にいた。
「サンジおいで!」
と声をかけると私を見た。
「ニャアオ」
サンジ、何してるの。お家に入ろうよ。ご飯を食べよう。
「ニャオ!」
嫌だ、とサンジは怒ったように鳴いた。
「ギャオ、ニャオ、ギャオオオ!」
猫が人間に向かってニャアニャア鳴くのは、人間のマネをしてしゃべっているのだ。もちろん猫の言葉はわからないけど、言ってることはなんとなく分かる。それは旅先で外国語がわからなくても意思疎通できたり、顔色を見て「具合が悪そうだな」と察するようなもの。猫飼いならわかってもらえると思う。
サンジは訴えた。
「どうして外に出たらダメなの!?ぼくの縄張りが荒らされてるのに!」
それは切実な訴えだった。普段はビーズクッションみたいにふにゃふにゃの、生きたヌイグルミみたいなサンジが、人間に対して自分の主張を述べている。
「ぼくは!外で!遊びたいんだ!」
サンジはまだまだすばしこい。その気になれば一瞬で柵をくぐって私の手の届かないところへ逃げられただろう。でもそうしなかった。ただ私の顔をまっすぐに見たまま
「ギャオ、ニャオ、ギャオオオ!」
と鳴きながら、ゆっくり私に近づいてくる。
「そうか、うん、そうだな、そうだよな」
私は相づちを打ちながらサンジの話を聞いてやった。
話を聞くことは大切だ。たとえ猫でもきっと大切だ。
サンジは生後半年くらいは野良だった。室内飼いになってから10年以上経つが、それでも外界を忘れていない。青い空と春の風に誘われて我慢ができなかったんだろう。猫語がわからなくても気持ちはよく伝わってきた。
サンジはいっぱい喋りながら近寄ってきて、最終的には私の腕の中にすっぽりおさまった。喋ったら気が済んだらしい。
「じゃあ、帰ろっか」
私はサンジを抱っこして家の中に戻った。シシィがものすごく心配して待っていた。
室内飼いにするのは猫のためだ。事故の心配がないし病気ももらってこないから元気で長生きできる。でも結局はそれだって人間の都合で、人間と暮らすためのルールだから、だと思う。サンジにしてみれば去勢されずに太く短い人生を送りたかったかもしれない。わからないけど。
その人のためを思ってと言いながら、結局は自分の都合、なんてよくある話。
「お母さんのためだよ」
といってデイケアに行かせるみたいに。
・・・でもまあ、きっとお互い様なんだろう。両方のためなんだ。そう思うことにしよう。
コメント
サンジさん…めっちゃ目で語ってますね。
私でも、何か伝わってくるものがあります。
住宅街でなくて、怪我や病気のリスクが
少なければ…?自由に出入りさせて
あげたいかんじで…
昔はそんなおうち沢山で
私もそんなものと思っていましたが
気付けば室内飼いが推進される時代で。
「両方のため」…ですよね。
その割合があまりにアンバランスだと
どこかで歪みが出てきちゃうのかもですが
とはいえ…うちも去勢手術のときは
すごく抵抗感があって…
なんともいえない気分でした。。
だださんにしっかり
意見?を述べている姿と
それをしっかり受け止めるやりとりに
とても心つかまれました。
私も猫との会話力?磨いてゆきたいです。
お互いに快適に過ごせるよう…
20年くらい前まではみんな普通に外飼してましたよね。
それがすごい勢いで室内飼いになりました。
猫のためって言われてるけど、やっぱり私は納得がいかなくて。
ご近所の怖いおじさんが毒エサを撒くので「命を守るため」には違いないんですが。
カレンダーなどはいつも野良猫の写真を買ってしまいます。