オヤジはずっと風呂嫌いだった。
「子供の頃から風呂っていうと逃げ回ってた」
と親戚のおじさんにも言われている。
私たちがやいやい言わなければ何ヶ月でも入らなかったと思う。
そんな筋金入りの風呂嫌いが、なんの弾みか、急にお風呂大好き人間に生まれ変わった。
刺激の少ない生活のせいかもしれない。
風呂くらいしか気分転換の方法がないのかもしれない。
とにかく風呂を沸かせば欠かさずに入ってくれるようになった。
湯船にぼちゃんと浸かるだけだが、それでも入らないよりは全然マシである。
入らないよりは入るほうがマシ。
・・・そう、思っていたのだけど。
入ったら、こんどは出てこなくなってしまった!
5分10分なら大丈夫なのだけど、20分ほど湯船に浸っていたら、のぼせてしまって自力では立ち上がれなくなる。
なので私は時計とにらめっこをして
「そろそろ上がってよ!」
と声をかける。
「はーい」
いい返事が聞こえてくる。
だが返事だけで上がってこないのだ。
再び声をかけると
「もうちょっとー」
ダメだよ!
早く上がらないとのぼせるよ!
死ぬよ!
・・・口うるさく言ってようやく上がってくる。
昨夜もそんなふうだった。
「早く上がりなよ!」
私は廊下から声をかけ
「うん今あがるとこー」
オヤジがのんびりした嘘をつき、そのあと・・・ちょっと記憶がない。
私は昨日はすごくくたびれていたので寝てしまったのだと思う。廊下で。
「寒っ!」
と気がついて時計を見て、あわてて
「お父さん、あがってる?」
と尋ねると
「まだー」
まだー、じゃないよ!
もう45分も経ってるよ!
絶対にのぼせてるよ!
案の定、オヤジはすっかり茹でダコになっている。
どう見ても立ち上がれない状態。
が、助けようとしても拒否。
「自分で立てるもん!」
と言い張るのだ。
介護拒否する71才の裸ん坊をどう扱えばいいのかわからなかった。
頭を使うには、というより気を遣うには、私は疲れすぎていた。
とりあえず風呂の水を抜いた。
水を出したが飲まなかったのでしばらく放置で冷ましてみた。
その間、何度も声をかけたが
「自分で立てる」
の一点張り。
「手伝ってくれ」
って言うのがイヤで意地を張っているのだろう。
他人のヘルパーになら言わないんだろうが、家族って難しい。
しかし私は早く寝たいし、母の介護もしなくちゃいけないし、裸ん坊オヤジにかかずらってはいられない。
考えるのも面倒になったので、
「ほら立つよ!」
無理やり両手をとって、よいしょ!と引っ張り上げた。
オヤジの体重は70キロ以上あるが、テコの原理をつかえばなんとかなる。
母の介護で身につけた方法がオヤジにも活きているのだ。
などと自分を褒めている場合ではない。
「ほら歩いて!」
「パンツはいて!」
「足はここに通す!」
「すわって!」
「水飲んで!」
ガッツリ身体介護をしながら、またいつもの
「これが仕事だったらいいお金になるのに・・・」
とつい考え、それから
「あ、でも要支援だった」
と思い直すのだった。
ゆでダコオヤジを引っ張り上げるのはこれで何回目だろうか。
いい加減にしないといけないが、私の声掛けなんかスルーされるだけ。
そこで
「すぐに上がってこないとタバコを減らす!」
と罰則を設けることにした。
今は『タバコは1日3本で、トイレを汚したら1本減る』のだが、これに『風呂からさっさと上がらなければ1本減る』が加わったわけだ。
「えええ・・・」
オヤジは情けない顔をするが、体のためなんだから頑張って頂きたい。