重度知的障害者の心の成長

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コロナのせいでいろんなことが難しくなった。
病院や高齢者施設への面会もその一つ。
厳戒態勢を敷いているから面会謝絶のところが多い。

そんな中、妹が入所する施設は面会も一時帰宅もOKだった。
若い人たちの施設だからだろう。
もちろん面会する家族は検温をしなければいけないし、
「寄り道なしでまっすぐ帰ってくださいね。家以外の外出はナシで」
と釘をさされたけど。

部屋へいくと、妹はなにやら緊張した顔で私を迎えた。
ピーンとつっぱった腕には紙袋を抱いている。
「あ、これは! 渡そうとしてますね!」
職員さんが笑って教えてくれた。
「バレンタインなんですよ!遅くなりましたけど!」
バレンタインか!
そうなのか!
ありがとうな!
U子はひとにプレゼントをするのが好きだ。
生きていくすべてに介助が必要なのだけど、だからこそ、少しでも人を喜ばせることが嬉しいのだと思う。

妹は、先週は親知らずを抜いたせいでボコボコに殴られたみたいな顔をしていたが、今日はつるりと治っていた。安心した。
「治ってよかったねえ。痛かったの?」
と母にきかれて
「あんねー、あんねー、うにゃむにゃ※〓♪〒~~」
といっぱい喋っていた。
たぶん、
「痛かったけど、検査も点滴もがんばったし!」
とか自慢していたのだろう。えらかったえらかった、とみんなでほめた。

U子のことを猫たちは「よく叫ぶクッション」または「ときどき動く障害物」くらいに思っている。ふつうに踏む。

そのあとU子は母と『ふしぎ発見!』を見まくり、オヤジと『兄弟船』を歌いまくり、大好物のお刺身とマウントレーニアを堪能し、ついでに猫に踏まれまくって帰っていった。

近頃では妹は
「施設に戻りたくない」
とは言わなくなった。
いや、むしろ今日なんかは
「老親を心配して月いちで様子を見に帰るという義務」
を果たしているかのようにも見える。
・・・チッ、大人になりやがって・・・!
頼もしいかぎりだ。

重い知的障害のある人は、心も子供のままだと思われがちである。
とくに親にとって子はいつまでも子供のままなので、つい子供あつかいしてしまう。いくつになっても「うちの子は天使!」と痛々しいことを言い続ける親もいたりする。

だが知能に重い障害があっても心は成長するものだ。
施設に入って「自立」したことで妹はすごく大人になった。家族の体調を心配したり、私の負担を減らそうと気遣ってくれたり、愛想笑いしたり、ウソをついたり・・・これまでも私たちが気づいていなかっただけで、離れたからこそ成長がよく見えたというだけなのかもしれない。

今でも相変わらず甘えん坊で、ゴジラみたいに叫ぶんだけどな。そのへんはぜんぜん成長しないんだけどな。
まあとにかく、頼もしいかぎりだ。