あきらめる勇気

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オヤジはタバコがやめられない。
人生の最後にやりたいことはタバコを吸うことだそうだ。

そんなオヤジが先日の朝。
ふかぶかと一服、吸ったあと、煙を吐き出して、ぼそりと呟いた。
「もう、車検通らんかもしれへんな」

オヤジの車のことだ。
小さな黄色い軽自動車のことだ。
6年前に買ったオヤジの車。
ちっちゃいけど燃費がよくて小回りがきいて便利な車。
オヤジはこの車で会社に通い、場外馬券場に通い、母の入院先に通い、自分の病院に通った。
大きな事故を起こしたことは一度もないが、あちこち擦り傷だらけの車。汚くてタバコ臭くてオヤジ臭い車。

・・・そうか、もうじき車検が切れるのか。
どうする?
さりげなく尋ねるとオヤジは
「うん、売るわ」
かすれた声で言った。

車を売るということは、つまり「もう運転をしない」という意思表明だ。
まだ70才。
まだ運転できる自信はある。
むしろ病気の自覚がない。
それでも「危ない、危ない」って周りみんなに止められてキーも取り上げられちゃって。
車検も高くつくし、だったらもう、いいかなあ。
・・・そんな悲哀いっぱいの言葉が聞こえてきそうだった。

車を手放すことはある意味、自由を手放すことだ。
運転をあきらめることは、これまでに得てきたものを手渡すことだ。
ついこの間まで会社勤めをしていた70才の男性にとって、それはかなりの勇気がいることだと思う。
それができなくて事故を起こしている人がなんとたくさんいることか。

「オヤジ、えらい!」
私はほめた。
なんかえらそうな言葉になっちゃったけど、ほかに言葉が思いつかなくて
「すごいよ!勇気あるな!」
とにかくほめちぎった。
オヤジはなんともいえない顔でタバコの火を消した。

悲惨な事故が相次いで、世の中は高齢者の運転に厳しくなった。もうトシなんだから運転をあきらめろと。それは当然なのだけど、厳しくするだけじゃなくて、免許返納した人には、あきらめる勇気を讃えてあげたほうがいいんじゃないかな?

車を引き取ってもらうとき、やっぱり悲しかった。
いろいろ思い出しちゃって。
オヤジはかなりへこんでいた。
二束三文だったがなんとか買い取ってもらえたので、いくらかをオヤジに渡し、
「あとは旅行代に置いておこう」
と預かった。
「3人で温泉に行こうな」
ほんとはそんな余裕はないんだけど、またちょっとずつ貯金をしている。
「別府か由布院がいいな」
とオヤジは言った。
「母さんがアレになって行きそびれたからな」
「うん、行こうな」
ちょっとずつ。
ちょっとずつでも。
明るいことを考えるために。

コメント

  1. 確かに何かあってからでは怖いですもんね。父なんですが、2月4日に82歳で亡くなりました。
    状態が安定して、介護医療型療養施設に入所する寸前だったので、ショックです。
    5日は通夜で、6日は告別式でした。

    • そうだったんですか。
      突然のことで、大変でしたね…。
      どうかお疲れのでませんように。

  2. お父様偉い、自分はソロソロ危ない事は分かって、でも娘1人じゃ大変だけど、オレが運転したらまた心配が増えると思ってくれていたら嬉しいですね
    80でも運転大丈夫な人も居ますが人それぞれ、我が父は84まで母を病院へ連れて行く為に運転し無事故無違反だったのに、最後は事故を起こしました。それで辞めましたが、誰も怪我をしなかったのは幸いでした
    介護は車必要ですね、介護タクシーもありますけど、これから行きたいには対応出来なかったり、お迎えを延々待ったり普通のタクシーのようには行かないですね

    お父様がしっかりされて、少しでも頑張って下さいますように

    • ありがとうございます。
      歳を重ねれば重ねるほど頑固になりがちですから、説得って難しいものです。
      書いてないんですが最後の運転で罰金とられたのと、車検が切れるのがちょうどいいきっかけになったようです。
      どんなに長い期間無事故であっても、ただ一度の事故で人を傷つけてしまうこともありますからね。
      お父様もお怪我がなくてよかったですね。
      今は電車もバスもなんとか自分で乗れるので、頑張ってもらいたいです。

  3. みんなその時が来るんですよね。。。
    やっぱりなにかある前に返納するのって、
    周りがなんと言おうと、本人がその気にならないとダメなんですよね。

    1度も事故も減点もなかった父でした。
    でも本人も誰もケガはしませんでしたが、事故起こして、それで返納しました。

    あまり報道されませんが、以前ラジオで聴きましたが
    高齢者の事故のパーセントより、10代の方が多いそうです。

    そうやって報道するなら、
    もっと返納しても高齢者が生活できる仕組みを作るところまで取り上げて報道して欲しいな、
    と思います。

    うちも友人のところも返納した後は、ちょっとしょんぼりしてました。
    でもしばらく経つと、少しずつ前と変わらずになりましたよ。

    電車もバスも乗れて出かけられるのでしたら、
    少しずつその生活に慣れていってくれるといいですね(^^)

    電車もバスも自分が運転しないから、
    景色が楽しめていいな、と私は思います(^^)

    • いつかは法整備されて免許も年齢制限が設けられるかもせれません。
      でもそれまでは家族がなんとしてでも事故を防がなくてはいけないわけで。
      一人暮らしの叔父がドクターストップを無視しつづけていたので本当に怖かったです。
      女性はわりと返納するんですが、男性の場合はプライドがあるんでしょうね。

      事故率は若者のほうが高いという話は一時ネットでも話題になってました。
      全体の事故率はたしかに低いのですが、高齢者の事故は死亡事故などの大事故の割合がすごく高いとかで。
      周囲を巻き添えにして死んでしまう事故が目立つので、世間の目が厳しくなっているのでしょう。
      ならば世間は、免許を返納した高齢者をもっと褒めてあげればいいのに・・・。
      田舎はバスの便も少ないし、本当に大変だと思うんです。
      近頃の「世間」は基本的に人を責めてばかりいるように思います。