母の高次脳の中に
「目の前の文字を読み上げる」
という奇妙な症状がある。気になる文字を見つけると頭がいっぱいになるのだろう。その場の状況や空気を無視して、なんでもかんでも読み上げてしまう。
たとえば、道を歩けばそのへんの看板を
「〇〇商店!〇〇はお任せ!」
と読みまくるし、葬儀に出席すれば、スタンド花を指さして
「◯◯会社だって、変な名前~」
と感想つきで教えてくれるから冷や汗をかく。
まあ、今ではかなり治ってきたのだけれど・・・。
今日も母はパソコンに向かっていた。
日記を書いている。
何を書くの?と尋ねたら
「ヘルパーさんのこととか、看護師さんのこと」
と言っていた。
書くことをちゃんと決めていたのだ。
なのに。
できあがった文章はこれだった。
今日はテレビでは羽生のことばかりだ。世界選手権がもうすぐ始まる。
羽生と宇野が金銀をとれたら最高だけど、とにかく、ケガをせず、乗り切ってほしい
今は公開練習だけれど、っすごいおきゃくさんがあつまっていると、アナウンサーも驚いている
うん、ヘルパーさん消えたね!
看護師さんも消えた!
目の前のテレビで羽生結弦のニュースを流れていたからね。一度そっちのほうに気が行ったら、頭が占領されてしまうのだ。
いや、それでなくても、母の頭の中はもうフィギュアの世界選手権でいっぱいなんだろう。
「羽生くんは何時から?」今日じゃないよ。
「そろそろフィギュア始まるんじゃない?」今日じゃないよ。
「世界選手権、今日からだよね?」今日じゃないよー。
というやりとりを30回くらい繰り返したから。飽きたわ。
母の羽生愛はかなり深い。どれくらい深いかというと、誤字がなくなるくらいだ。
いつも母のブログはある程度、私が修正を入れている。同じことを3回くらい書いたり、戻ったり、ややこしい文章になってしまうことが多いのだ。
けれど今日のブログだけは違う。
ほとんど誤字がない!
・・・一箇所をのぞいては。
日付が。
こうなっていた。
3月199日
199日!
いつまで経っても3月が終わりそうにないな。
そう指摘したら
「いつまでも春が続いていいじゃないの」
母は楽しそうに笑っている。
一方、私が台所でブログを書いていると、背後から視線を感じる…
「ぼくのごはんは?」
・・・うん、ごはんなら、さっきあげたよ。