花のもとにて春死なん

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利用者さんちに犬がいる。
黒い雑種の中型犬。
名前はクロさん(仮名)。

最初の訪問では吠えられた。
2回目では
「また来たの」
って言われた。
3回目になると
「こんにちは」
としっぽをふってくれた。
「私はお客さんじゃなくて、お父さんとお母さんのお手伝いにきたんだよ」
と説明したらすぐにわかってくれた。
賢い犬さんなのだ。

しかし老夫婦は2人とも足が弱ってしまい、犬のリードを持つのも危なくなった。
でも散歩にいかないと(犬よりも)老夫婦の足が弱ってしまう。
クロさんはそれをちゃんとわかっていた。
いつもの時間になると
「散歩にいくよ!」
と、おじいちゃんを誘いにくる。

散歩コースは人通りのない農道だ。
クロさんは自分でリードをくわえ、その後をおじいちゃんが杖をつきながら歩いていく。
奥さんからは
「犬が人間を散歩させてる」
といわれていた。
ぽつぽつ歩いてくるおじいちゃんを、黒い犬が振り返りながら先導する。
春の光を浴びながら。
秋の風に吹かれながら。
毎日毎日、歩きつづけた。

満開の桜のなかでクロさんは亡くなった。
病気になっても文句もいわず。
賢くて穏やかないい犬だった。
高齢者が犬猫を飼うことにまわりの人たちはうるさいものだけど、他の人からはどう見えようと、クロさんは老夫婦に愛されていたし、それなりに幸せだったんじゃないかなと思う。

「犬はいなくなったけど、散歩には、いかなアカンな」
庭先にしょんぼり座っていたおじいちゃんはそう言って立ち上がった。
「犬が心配するよってな」
ため息をつきながら、いつもの農道をひとりぽっちで歩いていった。
桜が散り初めていた。

コメント

  1. 泣きました。
    もう切なくて、切なくて。
    家族なんですねぇ。

  2. 泣きます😹 
    花吹雪が舞う中、おじいさんの周りを走り回るワンちゃんの幽霊が見えるようです。きっと見守りつつ、虹の橋の袂で待っているんだろうな。
    だださんがおっしゃる通り、幸せな家族の一員ですね。

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