自分でできるからこそ、できない

ただいま歯医者のお世話になっているオヤジ。
「歯磨きができていない！」と通院のたびに怒られている。
できてないどころか、しないのである。
もとから歯磨きをする習慣がない。
認知症のせいじゃなくて、昔から。

そんなオヤジに歯磨きを教えるべく、私と母はやいのやいのうるさく言った。
食事が終わるたびに
「歯磨きしてね」
とうながし、オヤジがテレビを見ていると
「歯磨きした？」
と確認し、寝る前も、いやベッドに入ってからも、
「歯磨きまだでしょ？　いつ歯磨きするの？」
と催促する。
オヤジはだいたい生返事だけして動こうとしない。
動くまで何度も何度も声をかけ、ちゃんと歯磨きしたらいっぱい褒めてやる。
認知症オヤジに歯磨きを教え込むのは、猫にお手を教えるよりも千倍手間かかる。

一日に何度も何度も何度も
「歯磨きしておいでー」
「歯磨きした？」
とせっついて、ようやく２日に１回くらいするようになってきた。

「そんなにうるさくしてやるな」
と、親戚にたしなめられたことがある。
でも言われたことを端から忘れるか、覚えていても無視するから、何度でもくりかえして言うほかないのである。

これが母なら、もっとずっと楽だ。
母は自分で移動ができないから、車椅子で強制的に洗面所へ連れていって
「歯磨きの時間だよ」
と歯ブラシを持たせればすむ。

オヤジは自分で洗面所に行けるし、歯磨きもできるので、逆に強制することはできない。
中途半端に動けるから。
中途半端に自分でやるから。
中途半端が一番、たちが悪い。

自分で歩けるから転ぶし、自分でトイレに行けるから汚す。
自分でできるから嫌いな薬を飲まないで残すし、自分で着替えられるけど面倒だから裸のまま。
「自分でできるからこそ、できない」
ことがいかに多いか。

これを書いている今も母が

「おとうさん！ちゃんと歯磨きして！
あとで歯を見に行くからね！
汚かったら『ブッブー！』って言うから！」

と、よくわからない脅しをかけています。早く磨け。