パラリンピックの力

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東京パラリンピックが終わる。
始まった頃、
「手や足がないのに頑張ってて、気の毒で見てられない」
と言っていた超高齢の利用者さんが、だんだん夢中になり、昨日は
「日本は遅れてるんだな」
と言い出した。
一世紀近く生きてきた、古い考えの持ち主の代表みたいなおじいちゃんが、だ!
「パラリンピックを見てるとよくわかったよ。みんな考えを改めなくちゃいかん」
パラリンピックの力を目の当たりにした。

テニスボールでボッチャやってたら猫に邪魔された

私はずっと見てたわけじゃない。
それでもパラリンピックはおもしろかった。すごかった。
人間ってすごい、と思ったのだ。

ボッチャは、あんな重度のひとがあれだけの精巧な技術を持っていることに心底驚かされた。
背泳の山田美幸選手の泳ぎっぷりに目を見張った。
テニスの国枝慎吾さんは国民栄誉賞をもらうべきだと思った。
車椅子ラグビーやゴールボールはどきどきしっぱなしだった。
陸上はもう、かっこよすぎて義足フェチになりそうな勢いだった。

そして今日の車椅子バスケットボール。
もはや「障害がある」なんて言い方のほうがおかしい気がした。
あんなに自由自在に動き回り、翔ぶようなプレーを見せつけられたら。
障害ってなんだろうって思う。

日本にはいまだに「障害者」を「更生」するという言葉をつかう。
障害者更生センターとか。
更生医療とか。
あれは絶対に間違ってる。

障害は、動かない足や見えない目ではなく、彼らをとりまく環境にある。
みんなが同じように暮らすことができない町に、同じように接することができない心に、偏見にみちた社会にこそ障害があるのだ。
障害は、私たちのほうにある。
そんなことを考えさせてくれたパラリンピックだった。

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