利用者さんのお宅のテーブルに、絵本が広げてあった。
新美南吉の『でんでんむしのかなしみ』という絵本だ。
「読んでみい」
と言われる。
1匹のでんでん虫が
「ぼくの殻には悲しみが詰まっている」
と気がついた。重たい悲しみに押しつぶされそうになるが、友だちのでんでん虫に
「僕も同じだよ。僕の殻にも悲しみが詰まっている」
「僕もそうだ」
といわれる。
悲しみを背負っているのはみんな同じ。
こらえて生きるしかないんだ。
でんでんむしは嘆くのをやめた・・・そういう話。
「あんたはまだ若いから分からんかもしらんけど」
と利用者さんは話した。
「人はみいんな悲しいことを抱えて生きてる。それも年をとるごとに積み重なって大きくなる。悲しみは増えるばっかりで減ることはない。重たいで。ごっつい重たい。ほんまに夜なんかもう潰されそうになる」
私はまだ利用者さんの半分しか生きてないけど、訪問介護は悲しみを目にすることが多い仕事だ。家族と死に別れたり、災害ですべてを失ったり、不治の病に蝕まれたり、たった一人で生きていかなくてはいけなかったり。
それぞれ一人ひとりに悲しみがある。悲しみのない人生などたしかに存在しないだろう。
「この重荷は誰かと分け合うことはできん。誰かの悲しみを代わりに持ってあげることも、持ってもらうこともできん。ただ、友だちがいれば、重たいものを背負って歩く勇気がでる。しんどいなあ、しんどいなあって言いながらも、も少し頑張ってみよか、って歩きだす力が湧いてくる」
絵本もそうだった。友だちのでんでんむしがいたからこそ「みんな同じだ」「こらえていくしかない」という結論に達したのだ。
「友だちはありがたいもんや」
そのあと利用者さんは友だちに電話をかけていた。
たくさんしゃべって、たくさん笑って、悲しみを抱えて歩きだす勇気をもらうために。
本日の猫写真。シシィ。
昨夜、母が
「眠れない」
とつぶやいたとたん、私の足元にいたシシィが
「あたしが寝かせてあげる!」
というように母の枕元へ移り、母が寝つくまでゴロゴロの子守唄を聞かせてあげていた。
シシィは優しいな。
母からは
「暑い」
という苦情が来てたけども。
コメント
介護も、ひとりだと思うと押しつぶされそうになるけれど、ダダさんの文章を毎日読ませてもらい、元気をもらっています。私よりも段違いに頑張っておられるのを知って、私も頑張れると思っています。いつもありがとうございます。
そう言っていただけで嬉しいです。ありがとうございます。
苦労は人と比べるものではないけれど、アキさんもいっぱいいっぱい頑張っておられるんですよね。
背負ったものにつぶされなようにお互い頑張りましょう!
とても切なくなりました。本当にそうだなぁって。
かなしみを抱えていない人なんて居ない、自分だけじゃないって思うと…少しだけ、その重みが軽くなり力が湧きます。その利用者さんも、お友達から勇気をもらって笑顔が増えますように‼️
シシィは、ホントにホントに可愛い❤️お母さんが羨ましいなぁ、愛されて(笑)お母さんの、その塩対応が又、愛される理由かも(笑)
「他人の悲しみは軽く見えがちなものだ」
と、利用者さんがおっしゃってました。
殻に隠されているから見えないんですけど、重たいのはみんな同じ。
「考えてもしゃーないから、友だちとワハハって笑っとくねん」
だそうです。
母は自分で動けない、逃げないから、猫たちにとっては「あったかい枕」という存在みたいですよ。
でんでん虫
人生で背負ってしまう色々
しみじみ、思う事はありますね
介護している間はヤドカリでいいのだと思います
重かったら脱いじゃえ
そんな気持ちで居るからなんとか1人で10年持ち堪えてきました
思いは吐き出した方がいいですね
>重かったら脱いじゃえ
それいいですね!
その気になったら施設にお願いすることも、すべてを失う覚悟で海外逃亡もできる(飛行機とんでないけど)。
現実にできるかどうかはともかく。
「ここにいる」という選択をしたのは自分自身だと私は思っています。
私の殻はまだまだ空いてますので、今のうちに楽しいことを詰めておこうかと思います。