「感動ポルノ、やりまーす!」
と母が言った。
折しも24時間テレビが放送中。「感動ポルノ」という言葉が一時話題になったあの番組だ。わざとらしい演出に問題があるのだろうが…『障害者が頑張ってる姿』を見せることが感動ポルノだというのなら、
「私も障害に負けずバイオリン弾きまーす!」
母はそういって大笑いする。
私たちはただ自分のために弾くだけ。完全な自己満足。感動なんて見た人が勝手にするものだ。
今日は年に一度のコンサートだった。若者中心のユース・オーケストラの演奏会。子供たちに混じって私たちの2人バイオリンも参加する。一番うしろの列で邪魔にならないようコッソリと。
朝から舞台上で最後の練習。
11時からゲネプロ(通し稽古)。
14時から本番。
忙しい一日だ。
今日の母はいつも以上に失敗が多い。練習もゲネプロも2割しか弾けなかった。やばいくらい弾けなかった。左側が見えないため、楽譜を一小節とばすことがあるのだが、今日は「一段」とばしちゃったのだ。他の人たちとは全然ちがうフレーズを弾く。私はあわてて弓を止め、
「違うよ、今ここだよ!」
と指をさすのだが母は信じない。
「あんたのほうが間違ってる!」
リハーサルとはいえ、あやうく舞台上でケンカをするところだった・・・。
まずいことになった、と思った。
緊張のせいで高次脳機能障害が爆発している。
作話もひどくてむちゃくちゃなことばかり言う。
周りに迷惑をかけないようにしなくては。
ということで、今回のコンサートは「変な音をなるべく出さないこと」が目標になった。
いよいよコンサート本番がやってきた。
1曲目は『グリーン・スリーブス幻想曲』。ノスタルジックで美しい曲だ。これは難しい曲ではないのでさほどミスなく終えることができた。
そして2曲目が問題のバッハ。オーボエとバイオリンの協奏曲。
スタンバイしているとき、私は母に念押しした。
「まわりの音をよく聴いて。どこを弾いてるかわからなくなったら、私の指示を信じて」
「わかってるって!」
母は請け合った。「私を誰だと思ってるの」というように。それで余計に心配になった。去年は本番が一番ボロボロだった。今年は2割~3割弾けたらいいところだろう。
そう思ってた。
そしたら。
とんでもないことになった。
母ったら、ちゃんと弾くのだ! ポジションを間違えず、小節をとばさず、休符もびっくりするくらい正確に読んで。一回だけ迷子になったけど、私が指さして教えるとすぐに合わせてきた。2、3割どころか9割は弾いた。
「なにこれ! どうしちゃったの?」
びっくりして私のほうが間違えたくらいだ。
私たちは必死についていった。テンポの早いバッハの音楽に食らいついていった。食らいつけることが嬉しかった。
弾いているのは、さっきまでの母ではなかった。ぼーっとヨダレをたらして作話ばかりしているお年寄りじゃなくなっていた。元気だった頃の、いつも勇ましくバイオリンを弾いていた母がちょっとだけ帰ってきたみたいだった。なつかしい、なつかしい母の音が出たんだ。1回か2回だったけど、あれは昔の母の音だった。
・・・楽器の音には色がある。
変かもしれないけど、私は子供の頃からそんなふうに感じている。
たとえ同じ楽器でも、弾き手によってはまったく違う色になる。深い緑の音を奏でる人もいればパステルオレンジで歌う人もいる。子供用の小さなバイオリンからは黄色や水色が跳ねている。父と息子が濃淡の違う2色のブラウンで弾いていたこともある。…母のバイオリンの音は赤だった。臙脂にちかい深い赤。
合奏とは、色合いも太さも異なるたくさんの音をあつめ、指揮者のもとに織りなす一枚のタペストリーだ。今日のバッハは、ソリストの煌めくような音を中心に美しい模様を織り上げた。私たちの2人バイオリンも、とぎれとぎれの音ながら、ほんの少しだけ赤い色を差すことができたように思う。
コンサートを聴きにきてくださった方々、ありがとうございました。こんなにもショボい音しか出せない私たちなのに、受け入れてくれた子どもたち、先生方、ありがとうございました。次はもうちょっと練習します!たぶん。
コメント
すごい‼️
だださんの文章から伝わる臨場感‼️
一緒に舞台に立っているようにドキドキしました。
今夜はいい色の夢を見てくださいね。
お疲れ様^_^
さゆさんへの返信が投稿できていませんでした。
遅くなってごめんなさい!
舞台の緊張感は魔法のような効果をもたらします。
それが少しでも伝われば嬉しいです。
ちなみにその夜は、友達の首にSDカードスロットがついてる夢を見ました。怖い夢でした(笑)
お疲れさまでした。
お母様凄いですね、本番に強いのでしょうか、それとも何か特別な雰囲気があったのでしょうか。
はい疲れましたー。
去年は本番だけダメだったので、なぜ今年はうまくいったのか本当に謎です(笑)
緊張感が吉と出るか凶と出るか運次第、というところでしょうか。