母の言葉

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母のもつ高次脳機能障害にはいろいろな症状があるが、そのひとつに「空気が読めない」というものがある。思いついたことをなんでも口にだし、それまでの話とはまったく関係ないことを急に言い出したり、行動したりする。

たとえば、道に迷って必死で案内板をさがしているときに
「ねえ、あれ見て!」
突然どうでもいいところを指さして混乱させたり、葬儀に参列すれば、しめやかな雰囲気を無視して
「わあ変な名前!」
と大きな声をあげたり。
そのたびに私は困ったり怒ったり恥ずかしい思いをしたものだ。

もちろん母に悪気はない。子供のように無邪気な声をあげるだけ。その無邪気さに救われることもある。

先日、数人で深刻な話をしていて、ほとんどケンカみたいになったことがあった。私もカッカして頭に血がのぼっていた。そのとき唐突に、母ののんびりした声が、とげとげしい空気の中を横切った。
「ねえトイレ行きたい」
・・・うん、えっと今大事な話をしてるところで、
「でも行きたいの!」
駄々っ子のような口調にまわりのひとは苦笑い。少し雰囲気が和らいだ。母をトイレに連れていくためその場を離れることで、私も冷静さを取り戻すことができた。

こんなこともあった。
山道を運転しているとき、後続車がえらく煽ってきた。カーブだらけの道なのに最後は強引に抜かしていって危なかった。
「いやらしい車やなー!」
と私がイライラしていると、後ろから母の声が聞こえてきた。
「あの人も、おしっこ我慢してはるんやって。早くトイレに行きたくて焦ってるんよ。許してあげて」
・・・そっかー、おしっこ行きたいんかあ、ほんじゃしゃあないなあ。
私は笑い転げた。
・・・あ、おかーさんもトイレ行きたいの?
「そう!だから気持ちがわかるの!」
そうこうしているうちに交差点にでた。さっき私たちを抜かしていった車が信号待ちをしている。
「もう追いついちゃったね」
「トイレ大丈夫かな?」
私たちはまた笑った。

この会話をして以来、私は後続車に煽られても抜かされても
「またトイレ行きたい人が焦ってはるわ」
と思うことでイライラせずにすんでいる。
母はときどき場違いなことをするし、作話もするし、まだちょっと空気を読めないかもしれないけど、私の気持ちはちゃんと読む。母はやっぱり母なんだなあと思う。

本日の猫写真。

すごく気持ちよさそうに丸くなってるサンジ君。わるいねんけど、薬の時間やで・・・。