心は憶えてる

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久しぶりにビバルディを聴いた。8月のコンサートで弾いた曲だ。子猫が跳ねるようなリズムの良い曲で、2人バイオリンで弾くにはとても難しかった。
「なつかしいね」
と私は言った。あの夏の苦労と達成感が思い出された。
だが
「覚えてないなあ。これ弾いたの?」
と母は言った。
・・・そうだよ。
これを弾いたんだよ、私たち。

母には記憶障害がある。しっかり喋るし、トンチンカンなことはあまり言わなくなったけど、それでもやっぱり障害がある。1分前に話したことも忘れちゃうし、10秒前にトイレに行ったことはだいたい覚えてない。

それでもエピソード記憶はわりと大丈夫だと思ってたんだけどなあ。8カ月間も練習して、やっとの思いで弾けるようになった曲でも忘れちゃうのか。コンサートに出たことは覚えているようだから、あのビバルディも、これまで弾いてきた数え切れないほどの曲の記憶の中に紛れてしまったのだろう。

仕方のないことだけど、ちょっと寂しかった。

そして、次に聴いた曲は、シベリウスの『祝祭アンダンテ』だった。これは昨年のコンサートで弾いた曲…私たち2人バイオリンのデビュー曲である。涙がでるほど美しい。母は、この曲を弾いたということも、とうの昔に忘れてしまっている。

ところがだ。
曲が始まって間もなく、母は
「なつかしいね、この曲」
と口にした。覚えてるの?
「覚えてるよ」
いつ弾いたか、覚えてるの?
「一昨年でしょう」
惜しい。去年だよ。
でも、覚えてるんだ?

母の脳は傷ついているけれど、それでもちゃんと保存していてくれている。たとえ脳みそで保存したり取り出したりが難しいとしても・・・心はちゃんと憶えている。シベリウスの音楽は、ウィーンの思い出と結びついて刻み込まれている。だからビバルディもいつかきっと蘇るだろう。元気に走りまわる子猫の思い出とともに。

来年の夏のコンサートの曲が決まった。バッハ、モーツァルト、そしてグリーン・スリーブス。拙い2人バイオリンでどれだけ弾けるかはわからないけど、とりあえず練習はしてみようと思う。たとえ母が忘れてしまっても、私が憶えてるから、まあいいや。

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