ドラマ『イノセンス 冤罪弁護士』第4話を見た。以下ネタバレ注意。
殺人事件の容疑者は、誰からも「いい人」と思われている女性だった。どうしてこんな「いい人」が殺人を?という話だが、問題の「いい人」要素が
「職場の評判もよく、家では親の介護をしていた」
というものだった。
・・・でたよ。介護してたら「いい人」。「親孝行ないい子」。これはわりと思い込みな気がするんだけど。
介護は一方的に襲いかかってくるもので、場合によっては避けることができない。いい人にも悪い人にも介護っちゅうものは降りかかってくる。ただ避けられなかっただけで「いい人」認定されるのはおかしい。
一方で、実際はほとんどノータッチなのに「はーい、私、介護してまーす!」と言いまくってる人もいるらしい。「家族思いの頑張り屋さん♪」とか思われないのかな?
ドラマは流し見ていたので間違っていたら申し訳ないけど、容疑者の女性はたしか
「仕事から帰ると家では介護、自分のことなんか何もできない。なのにあの子(被害者)には仕事の才能もあり、結婚もして、キラキラした人生を送ってる・・・妬ましかった」
というようなことを述べている。きっと献身的にお世話するタイプだったんだろう。だからといって「いい人」かどうかは知らんけど。
果たして彼女は本当に犯人なのか?
事件の真相が気になる方はドラマをご覧ください。
本日の猫写真。
すっごい真剣な表情で布団をもみしだくサンジ君。
私もマッサージしてもらいたいなあ。
コメント
容疑者がどのような人間なのか?という疑問に対し、近所の住民に取材し、「普通の人ですよ、挨拶だってちゃんとするし」という回答も良く聞きますが、挨拶するだけでいい人認定ってのも単純過ぎないかと。
同様に、介護イコール善人、優しい人、愛情豊かという決めつけもどうなんでしょう。
いや、善良で、優しく慈愛に満ちた介護人は沢山おられまし、そうあるべきですけど、善良でなくても優しくなくても愛情なくても介護は出来るから。
その辺りはしない偽善よりする偽善というか、単純に「介護」で括らず、どのような介護をしているか、ですよね。
優しさの毒で廃用症候群作るようではその介護は正しくないと思うし。
子供(夫でも恋人でもいいけど)の可能性を潰し、成長を妨げ、閉じ込めるような行為を愛情と思い込んでいる場合もあるし。
我と彼の距離感って大事ですよね。
(いや、おまいはもっと誠実に無欲で献身的であれと)
(でもお金は好きよ)
「挨拶してるから普通の人」。たしかに!
挨拶する変な人や怖い人はいるはずなんですが。
挨拶だけでは判別がつきませんから。
周りの人は案外よく見ていないものです(笑)
>単純に「介護」で括らず、どのような介護をしているか、ですよね。
>優しさの毒で廃用症候群作るようではその介護は正しくないと思うし。
そうですそうです。
年金だけ確保してあとは放置の介護とかもあるし。
>我と彼の距離感って大事ですよね。
距離感!
おっしゃるとおりです。
そしてこれが一番難しい…
他人は遠すぎ、家族は近くなりすぎるもので。一番の課題です。