インパクトのある独り言

忘れられないおばあちゃんがいる。
母が入院していたとき同室だったおばあちゃんだ。
80代後半だろう。
ほとんど会話が噛み合わず、一日中、大声で独り言をいっていた。

おばあちゃんの独り言には2パターンあった。
ひとつは
「1,2,3,4・・・」
ひたすら数を数えることだ。
なにを数えているという意識もないようで、時折、看護師さんが
「35!」
違う数字を挟むと、
「36、37、38…」
つづきを数えつづけるのだった。

もうひとつは意味のある言葉だった。
「どうにもならない!」
いや、数字と一緒で、おばあちゃんはとくに何も考えずに繰り返してるだけだと思うんだけど。
その言葉は病状の重い患者が集まる病室全体を突き刺すものだった。

「どうにもならない、どうにもならない!」

病気も治らない。
病院から出られない。
あとは死ぬのを待つばかり。
そんな絶望の叫びに聞こえた。

当時の私はわりと行き詰まった状態だった。
母は意識を取り戻さず、重度障害のある妹の世話で夜も眠れず、仕事もできなかった。
客観的にみて「お先真っ暗」だったあの頃。

毎日通う母の病室で、毎日おばあちゃんの独り言を聞いていると、
「どうにもならない!」
という叫びは私自身の叫びのようにも聞こえてきた。
どうにもならない!
どうにもならない。
どうにもならない?
・・・本当に?

あまりにもインパクトのある独り言だったから、母が転院したあとも、おばあちゃんの叫び声はときどき頭の中に蘇った。
「どうにもならない! どうにもならない! 1,2,3,4,5,6,7!」

だが私はそのたびに反論した。
いや、違う。
あれは私の声じゃない、と。

どうにもならない、ことはない。
なんとかしよう。
考えよう。
どうにかする方法を。
きっとなんとかなる。
絶望しても始まらない!

逆らって逆らって。
在宅介護なんかムリだと言われても連れて帰り。
旅行どころじゃないだろうと言われても旅行へ行き。
逆らって逆らって。
今に至る。

つかずはなれず

私も年をとったらあのおばあちゃんのように
「どうにもならない!」
と叫ぶのかもしれない。
独身だし貧乏だし、体をこわしたら本当にもうどうにもならない。
でも、それまでは。
それまでは精一杯、逆らって逆らって、あがいてあがいて、やっていこうと思う。

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