「助けて!」と言える力

雑誌『クロワッサン』のインタビューで、私は母をつれてウィーンへ行ったことを話した。たくさんの方に助けていただいたからこそ実行できたということを。すると、こんなことを尋ねられた。
「その受援力はどこからくるのでしょう?」
・・・受援力。
初めてきく言葉に戸惑っていると
「人に助けを求めること、助けてもらう力のことです」
と教えてもらった。
・・・うーん。
「やっぱり、母を見ていたから」
と私は答えた。

以前にも書いたことだけれども。
母は障害のある末娘を育てるとき
「なるべくたくさんの人に助けてもらおう」
と言っていた。
「たくさん人にちょっとずつ助けてもらうようにするの。そうすれば、うちの状況をたくさんの人に理解してもらえるから。たくさん味方を作っておくのよ!」

それはもしかしたら現代の風潮とは逆行する考え方かもしれない。
少しでも他人に迷惑をかけたらダメで。
少しでも目立つと叩かれる。
均一の枠の中で、息を潜めて生きていけ、というような風潮。

助けを求めることは、そんなにいけないことなのだろうか。
力を借りることは、悪いことなのだろうか。
本当にそうなのだろうか。
それだけなのだろうか?

障害者じゃなくたって誰だって、生きていればどうにもならないこと、できないことはある。人の助けを借りなければ本当に死んでしまうこともある。どんなに頑張ってもできないことを
「助けて」
っていうのは、恥ずかしいことなんかじゃない。
悪いことなんかじゃない。
人間らしく生きるための真っ当な努力だ。
それを受け入れられないほど情けない社会では、まだないと思う。

シシィはさっき、椅子から落ちそうになって「助けて!」と私の腕にしがみついてきました。

逆に、助けを求められる立場になったら、なにかできることをしたいと思う。誰かの役に立ちたいと思う。

東京でお会いした出版社の方に
「よくここまで(本を出すところまで)こぎつけましたね、頑張りましたね」
って言われたとき
「ブログの読者さんのおかげです」
と私は答えた。

文章は文字だけでは成り立ちません。読んでくださる方のおかげで私は書くことができます。今の私があるのは、この文字の向こうにいる貴方がたのおかげです。

本当は、一人ひとりにお礼をいって、恩返ししたいくらいなのですが、ネットでは不可能なことなので。今一度、ありがとうございますと言わせてください。そして、こんな私でも、もし何かできることがあったら、力にならせてください。…あ、お金以外で。

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コメント

  1. だださんの書いておられること、本当に大切なことだと思います。
    私は10年前から4年間だけ雪国で一人暮らししたのですが、その時に「自己責任で生きていけると思ってる人たちってどれだけ甘い環境で育ってんねん…」と実感しました。
    力を合わせて除雪しないと雪に閉じ込められて命に関わる。見ず知らずの人にも「助けて」って言えること、「大丈夫ですか」って声をかけることの大切さを思い知りました。コミュニケーション能力って、本当はそういうことだと思うんですけどね…。
    でも助けを求めるためには自分の状況を正しく把握できてないといろいろ難しいので、できないと言う人の気持ちも分かります…。

    • ありがとうございます。
      >「自己責任で生きていけると思ってる人たちってどれだけ甘い環境で育ってんねん…」と実感しました。
      なるほどそうでしたか。
      自然は厳しく、人の世もまた一人で生きていけるほど甘くないってことですね。
      本当の意味のコミュニケーション能力とは、生きるために助け合える能力なのですね!
      なんだかすごく納得しました。

      >助けを求めるためには自分の状況を正しく把握できてないといろいろ難しい
      これくらいで助けを呼んでもいいのだろうかと、迷ってしまうなどの意味でしょうか。
      そういえば私は喘息のときそう思って救急車を呼ばずに怒られたことがありました。
      自分の状況って自分では分かりづらいこともありますしね。
      難しいものです。