魔法の言葉

先日、区分変更をするべきか考えている、と記事に書いた。要介護5をもらってるけど重すぎるんじゃないかと。
要介護4くらいになりますかね、と主治医に相談したら
「うーん、難しいところだなあ」
唸った。
「僕がみて『4』だと思っても、これだけの麻痺に高次脳があったらやっぱり『5』が出るかもしれない。でも逆に厳しく判定されて『3』になる可能性もないわけじゃない」
要介護3になったら、さすがに困るな。
また悩んでしまった。

主治医の先生には2月から掛かりはじめたばかりなんだけど、とてもいいお医者さんだと思う。
ひとつ印象的なことがある。
最初の診察で、母の状態を確かめるとき、先生は
「左足はどうなん? ちょっとくらい立てたりする? 動かしてみて?」
と言った。
「動かない」
と母は答えた。けんめいに力を入れるが、ひょこひょこと痙攣したように動くだけ。しかし先生は
「おお、動いてるやん、ちゃんと動いてる」
と言った。
次に先生は半側空間無視について尋ねた。
「目はどうなん? どのへんまで見える? ここは見えるの? ああ、すごい、見えてるやん!」

これまでの医師は障害の範囲を表現するとき
「ここまでしか動かない」
「ここまでしか見えない」
という言葉をつかった。考えてみれば私もそうだった。
「ここまでしか、できない」。
でも今の先生は違う。
「ここまで動く」
「ここまで見える」
同じ範囲を表すのにもポジティブな言葉をつかう。できないことを言うのではなく、できることを挙げてくれる。にこにこ笑いながら
「すごいね!」
って驚いてくれる。

これは素晴らしいことではないだろうか。
「何もできなくなってしまった」
と気持ちが弱っている人にとってどんなに嬉しい言葉だろうか。
「まだ、ここまで動く」
「まだ、ここまで見える」
まだ、できることがある。
まだ、大丈夫。

言葉は魔法だ。
まだ、やれる。
まだ、できる。
そう思うことができたら、人は、希望という風を受けた帆船のように進んでいくことができる。

「要介護になったら人生終わり」
みたいに考えてる高齢者は多いけど、そんなことはなくて、要介護になっても
「まだ、できる」
ことはいっぱいある。
歌うことができる。
笑うことができる。
コーヒーを飲むことができる。
花を見ることができる。
音楽を聞くことができる。
家で過ごすことができる。
友達に会うことができる。
お風呂に入ることができる。
大事な人のそばにいることができる。
「まだ、できる」。
そんな魔法の言葉を使える先生は信用できると、最初の日に思った。

で、その先生が
「区分変更の申請をする前に、もしかして要介護度が下がったときのことを考えたほうがいいと思うよ。急に変わるから大変でしょ」
と言うから!
ケアマネさんに頼んでシミュレーションしてもらったら!
ぜんっぜん点数が足りないの!
万が一『要介護3』なんかになったら、デイサービスを減らさなくちゃいけなくて、そうなったら私は働きに出られない!
まずい!

ということで区分変更の申請は見合わせることになりました。どうせ来年には更新があるので、それまでに働き方を考えなくちゃいけない。万が一だけど。

本日の猫写真…を撮ろうと思ったら2匹とも走り回ってて撮れない。ので、かわりに本日の晩ごはん。

伯父さんがつくってくれたチラシ寿司。すごい美味しかったーーー!

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