母が文章を取り戻した日

元気だった頃の母は、年齢のわりにパソコンが得意だった。
「『打つのが早い』ってみんなビックリするのよ」
と自慢していた。会報とか手紙とか、主にワードを使ってたくさん文章を書いていた(私が文章を書くのが好きなのは遺伝だろう)。

現在、母のもつ障害のひとつに「左半側空間無視」がある。モノの左半分を見ることができない障害。視力ではなく、脳が傷ついたために認識できないのだ。そのためしばらくは字も読めなかった。カレーライスはライスしか食べられないし、慣れ親しんだピアノさえ「ドが見つからない」という有様。

そんな状態でパソコンなんて使えるわけがなく。キーボードの左半分が認識できなくなった。キーボードなんて見なくても平気そうだが、脳みそが「無い」と思い込んでしまって打てないのだ。

それでも、なんとかもう一度タイピングできるようになりたいと母は願っていた。昔から手書き文字が苦手なせいもあり、母にとって
「文章を書く=キーボードを叩く」
だから。

なんとか文字入力をする方法がないものかと、私は試行錯誤をかさねてきた。
いろいろやってみたが、駄目だった。スタイラスペンによる入力も、スマホの音声入力機能も、ワープロ機能に特化したポメラも、とうとう使いこなせなかった。

本人はあくまでも
「普通のパソコンなら使えるよ!得意なんだから」
と言い張るが、やっぱりこれが一番ダメだ。キーボードはダメだ。
「Wはどこ?」
「Sはどこ?」
「スペースキーがないよ?」
ずーっと探している。

最も重要で、最も見つからないのが「A」だ。
「Aはどこ?」
「『あ』って書きたいんだけど」
「またAがない」
「どうしてもAが見つからないよ」
そのたびに私はAの場所を教えてあげなければいけない。ずーっとそばに貼り付いて、ずーっとAやSやWの場所を教えてあげないとけない。DeleteやSPACEキーをずーっと教えてあげなくちゃいけない。
「やっとられん!」
私は30分ほどでネを上げた。

それでも時々、思い出したように母は
「私のパソコンはどこ?」
と尋ねた。年に1,2度、古いパソコンを引っ張り出しては「見つからないA」と戦った。私はこれが嫌だった。そばに貼り付いてAの場所を教えつづけるのがキツかった。

ところがだ。この冬、母の半側空間無視がかなり改善されていることがわかった。孫たちの顔を見たさに頑張ったのかもしれない。楽譜を読むことがリハビリになったのかもしれない。

・・・もしかして、パソコンできるかも?

そう思って、久しぶりに母のパソコンを引っ張りだしてみた。懐かしのWindows7。ワードを開いて縦書きのレイアウトを表示させる(横書きだと書いた文章を確認することが難しい)。

・・・さあ、打ってみて。なんでもいいから。

恐る恐る、母はキーボードに手を伸ばし。書いた。

・・・えっ?
私はしばしフリーズした。
おかーさん、『A』はどこか分かる?

「ここでしょ」

母の指が、スッ…とAの上に移動する。

嬉しすぎて写真を撮った。いろいろ汚いけど見逃して

母はとうとうAを見つけたんだ!

そこからは、ほんとにすごかった。母は覚醒したらしい。去年までは私がずーっと貼り付いても15分がかりで2行くらいだったのに、これだけの文章を一気に書きあげた。

たまに変な文字が混ざっているのはご愛嬌

片手だけにしてはめっちゃスラスラ打ってるの!けっこう早いのよ一本指打法!

母が私に質問してきたのは、誤字を修正する方法と、
「『ヴ』ってどう打つんだっけ。V?」
ローマ字入力の方法くらいだった。

今日、母は6年ぶりに自由な文章を書くことができた。また一つ、できることが増えた。今日は母が「文章を取り戻した日」だ。

ちなみに、文章の最後はこんなだった。

パソコンも大事だけど、バイオリンも頑張らないとね。

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猫とビターチョコレート

コメント

  1. Excellent!
    人生って、思いも寄らないアクシデントに見舞われるものだけど、
    人は辛い時苦しい時には絶望し、もうダメだ、おしまいだと悲嘆してしまうけれど、諦めず、ゆるーく希望を持ち続けていれば、もしかしたらとてつもない幸運の尻尾が目の前をよぎって行くのをつかまえることが出来るのかもしれない。

    だださんとお母様の日々の様子を見ていると、「諦めたらそこで試合終了ですよ」と言われているような気がします。

    • ありがとうございます。
      安西先生が出てきましたねー。
      実を言うと私はパソコンはあきらめてたのですが(笑)
      母の粘り勝ちです。
      人生すべて「塞翁が馬」。
      いいことも、きっとありますね。

  2. だださん、今日はお二人とも凄く嬉しかったでしょうね。だださんと二人バイオリンを弾いたり毎日ご一緒にいろんな事をしていたのが積み重なって、こんなに素晴らしい結果になったのですね。今まで頑張って来た事へのご褒美みたいなものですね。

    • ありがとうございます。
      高次脳って年月がたてばちょっとずつ治るんだそうですが、やっぱり、たくさんの刺激によって良くなる部分があると思うんです。
      日常生活すべてがリハビリ、みたいな。
      楽器演奏はデュアルタスクなので脳に良いそうですしね。
      これからもいろいろ楽しみを見つけていこうと思います。

  3. おめでとうございます。良かった!私も嬉しいです。感動して言葉が見つからないので、子供の作文みたいですみません!

    • ありがとうございます。
      母が、あきさんのコメントを読んで嬉しそうに笑っていました。
      シンプルな言葉ほどよく伝わるものですね。ありがとうございます。

  4. お母さま 文章読ませて頂きました(^^)ひさしぶりのパソコンでのメッセージありがとうございます!

    だださん これは美味しいチョコでぜひお祝いですね♪

    • 今まで音声入力とかいろいろやってみたんですが、パソコンが一番、母らしい文章になるのですよ。
       
      >だださん これは美味しいチョコでぜひお祝いですね♪
      おっいいですね!
      明日は我慢せずにチョコ買います(笑)