ドラマ『3年A組-今から皆さんは、人質です-』の中の介護

仕事も介護。
家でも介護。
こんな生活だから、介護をテーマにした本や映画はあえて見ないようにしている。もうお腹いっぱいだし!

にもかかわらず、普段テレビを見ていたら、ついつい在宅介護の場面が気になってしまう。有名なホラー映画(『エクソシスト』)でさえもオカルトより介護の映画に見えてしまったくらいだ。

昨夜もそうだった。人気ドラマ『3年A組-今から皆さんは、人質です-』を見ていたら介護問題がでてきた。

若い人むけのドラマなので登場するのは高校生。いつでもふてくされ、トゲトゲしている男の子だ。何か抱えてるんだろうなと匂わせてはいた。蓋をあけてみたら、彼の母親が交通事故で脊椎損傷、父親もいないから自分が一人で母親の介護をし、弟妹の世話をしていた。熱中していたダンスもあきらめ、アルバイトで稼がなくちゃいけなかった。

・・・脊損のお母さんは介護ベッドで横になっているが普通にスマホは使える感じ。わりと座れてるようだけどトイレはどうだろう。高校生君が介助するんやろか。障害年金と生活保護の兼ね合いとかいろいろ考えてしまう。

が、今回はそんなことどうでもいい。

母親を在宅介護中の高校生君は、激しく妬んでいるのである。
「クラスメイトは何のしがらみもなく自由に生き、夢を追いかけて青春を送っているのに、どうして僕はすべてを我慢しなくちゃいけないんだ。どうして僕だけこんな目に遭わなくちゃいけないんだ!」

ヤングケアラーの悩みは深い。だが、在宅介護をしている人はみんな一度くらいは考えるのではないだろうか? 介護とは無縁の世界にいて、何のしがらみもなく生きている人を見ると
「いいなあ、自由な時間がたくさんあって羨ましい」
と思うのではないだろうか。それが高じると「なんで私だけこんな目に!」とトゲトゲした気持ちになってしまうのだろう。

だがドラマの主役である教師はこんなことを言う。
「夢をあきらめなくちゃいけなかったのは、家族のせいじゃない。おまえが何もしなかったからだ。周りの大人に助けを求めなかったからだ。友達に悩みや苦しみを訴えなかったからだ」

おお、なかなか言うな!

高校生はさらにふてくされる。
「助けを求めるだって? そんなことしたって、何にもならない。どうせ誰も助けてくれないんだ!」

するとそれを聞いた友達が激怒する。
「どうして決めつけるんだ。どうして話してくれなかったんだ。俺たちが助けるのに、お前は自分勝手にあきらめて、俺たちを見限ったんだ」

現実には、高校生の友人にできることはほとんど無いと思われる。でもその気持ちがあるかないかだけで違うんじゃないかな。気持ちだけでもそばにいてもらえたら。

教師はつづける。

「たしかに、誰かに助けを求めたって、ダメなときもある。どうにもならないことも山程ある。でも、少なくともチャンスはある」

なんだろう。
すごく共感した。

在宅介護をしている人の中には、ぜんぶ一人で抱えこもうとする人がいる。すべてを自分でやらなくちゃ気が済まない人や頑張りすぎる人たちもいる。口には出さないけれど、心の中にフラストレーションを溜めこんでいるのかもしれない。周りに助けを求めれば、もっと楽に生きられるのに・・・。

というだけじゃなくて。

介護してるから◯◯できない。
介護してるから無理。
そうやって介護を言い訳にしている人がいる。
たとえば、私だ。

正直に認める。
いい年こいて恥ずかしいが、ドラマの高校生と同じように思ったことがあった。

介護しているから旅行ができなくなった。
介護しているから友達と会えなくなった。
在宅介護を始めた当初はよくそんなふうに考えて悲しく思っていた。

でもそんなこと言われたら介護されている人はどう思うだろうか。夫婦の場合はわからないけど、私の場合は親だから、こんな親不孝はないと思う。うちの母なら泣いて悲しむと思う。

だから私は在宅介護しながら自分の人生を楽しむつもりだ。旅行に行ったり友達に会う時間をつくりたい(実際には時間をつくるよりお金をつくるほうが先決だったりするんだけども)。

そのためには、周りの人たちにたくさん助けてもらうし、使える制度は使うし、手抜きをしまくるし、友達にはいっぱい愚痴をこぼすのだ。

介護していてもしなくても人生は一度きり。人生を楽しむための努力を惜しんではいけない!と、このドラマは応援しているように私には思えた。知らんけど。

本日の猫写真。

寒いから一日中リビングで寝てるサンジ。

コメント

  1. いやはや、正直耳が痛い話題です。
    でも、介護者に限った事では無く、怠惰の口実(言い訳)で「〇〇出来ない」のフレーズはよく使われます。

    年だから・子供がいるから・非正規雇用だから・ヒラ(社員)だから・新参者だから・部外者だから

    まあ、中には意見具申する自由すらないブラックな場合も有りますが。

    何かを変えようとしたら、既存の形式を壊さざるを得ないし、そこまで踏み込む覚悟と勇気がなければ日和見で通す方が賢いかもしれません。

    ただ、他人や環境を変える事に比べれば、自分を変えるって結構簡単なんですよね。

    気にしない、気に病まない、発想を変える、視点を変える、面白がっちゃう。

    忍従と滅私奉公は長らくわが国では美徳とされていますが、テケトーとちゃらんぽらんとすっとこどっこいの余裕も人生には必要。

    「3年A組」飛び飛びでしか見てないんですが、もう4回放送したんですね。
    個人的には「バトル・ロワイアル」「そして粛清の扉を」に昔ハマってたので、どうなのかな〜って感じです。後半に期待かな?

    • 深いご意見ありがとうございます。
      「介護してるから仕方がない」ってとても体のいい口実になるんですよね。
      他人からも自分からも逃げることができる。
      めんどくさい人間付き合いを断るにもいい口実です(笑)
      「それなら仕方がないね」と、大抵の人は言ってくれるでしょう。
      それがただの口実であることを知っているのは自分だけ。

      >ただ、他人や環境を変える事に比べれば、自分を変えるって結構簡単なんですよね
      変えようと思えば。
      気づくことができれば、ですね。
      自分と向き合うにも勇気が必要ですが、他人を変えるよりもずっと可能性は高いでしょう。
      一人で抱え込むタイプの人はその可能性に気づくことが難しいのかもしれませんね。

      「3年A組」おもしろいですよ。原作があるのかと思ってましたがオリジナルなんですね。
      『そして粛清の扉を』に似ていると聞きましたが読んだことないのでどうなんでしょう。
      とりあえず私は菅田さん見てるだけで楽しいからOKです。

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