幸せなコンサート!

母にはトラウマがある。脳出血で倒れたせいで、大事な演奏会に出られなかったというトラウマだ。他のさまざまな障害はすんなり受け入れたのに、それだけは何年たっても乗り越えることができないでいる。

あれから4年半。私たちは「2人バイオリン」でそのコンサートに参加させてもらうことになった。

・・・詳しくは以下の記事をご覧ください。

精神的なショックで高次脳が一時的に退行?(9/10)
みんなと一緒に弾きたくて(9/11)

弾かせてもらったのは、音楽家グループ「ウッディ・ムジカ」のコンサート。無料とはいえプロのコンサートである。正式なプログラムに混じるわけにはいかないので、私たちが弾くのはすべてのプログラムが終わったあとの「皆さんいっしょに歌いましょう」というコーナーだ。

コンサートが始まる直前、リハーサルに参加した。グループの皆さんと合わせるのは初めてだったが、うまく

・・・・いかなかった。

ぜんぜん、うまくいかなかった。うそん!ていうくらい、母は弾けなかった。緊張のあまり体が左に傾き、ぜんぜん音が響かない。そのうえ違う弦を弾いちゃうし、リズムもむちゃくちゃだ。ほとんどパニック状態である。

・・・どうしよう。

「2番だけソロでお願いしますね!」

・・・えっ?

「できます?」

いや無理です、こんなんじゃ無理です!

「じゃ、そゆことでお願いしますねー」

・・・ええええ!

ビビる私。
緊張してさらに左へ傾く母。
大丈夫かオイ!

私たち2人バイオリンだけで弾くのは簡単だ。だが、みんなと歩調をあわせることは、すごく難しいのだった。とくに高次脳の人にとっては!(空気を読めない、合わせられないという障害がある)
「大丈夫、そちらに合わせますから!」
は、はい・・・頑張ります・・・。

えらいことになった。 そういえば母は夏のコンサートでも盛大にやらかしたのであった。母の高次脳と体の傾斜は、緊張で暴走するらしいと、そのとき気づいた。夏のコンサートはオーケストラで弾いてたからミスも下手くそなのも誤魔化せたが、こんどはダメだ。ソロはダメだ。

正直、ちょっと後悔した。・・・やめとくんだったー!

私の動揺をよそにコンサートが始まった。

2時間弱のコンサートを私たちは客席最前列で聴いていた。ドキドキしながら。歌もピアノもフルートもクラリネットも素晴らしかったけど、やっぱりずっとドキドキしていた。

とうとう最後のプログラムが終わり、「みんなで歌いましょう」のコーナーがやってきた。

急いで支度をしなくちゃいけない。車椅子を舞台の前へ押し出す。自分用の椅子、バイオリンと弓をセット。さあ、構えて。

前奏が穏やかに流れだす。オルガンとフルート、クラリネット、そして・・・

『きよしこの夜』。

きよしこの夜
星は光り・・・・

合図に合わせて母は弓を弾いた。なんとか入れた。音が出た。そのあとは必死だった。ごく簡単な曲なのに、必死だった。母の体がどんどん左に傾いてくる。重くて、つらくて、支えるのに必死だった。なんとか他の人達に合わせようと、母の音とまわりの音を合わせようと、必死だった。正直、ソロもくそもなかった。なんかもう必死で弾いてるだけだった。

必死な中で思い出した。私たち2人バイオリンが初めて人前で弾いたのは、3年前。仲間内のクリスマス会。それもやっぱり『きよしこの夜』だったのだ。あれからいっぱい練習して、今日はこんなにたくさんのお客さんの前で弾いている!すごい進化!

途中、母の弓が先走ってわちゃわちゃしたけど、最後はうまいこと合わせることができた。音楽が終わると、メンバーの方がマイクで
「バイオリンを弾いたのは前の代表です。また一緒に演奏できるとは思っていませんでした」
と涙ぐみながら言ってくださった。その言葉に母もぽろぽろと涙をこぼしているのがわかった。

お客さんの一人が
「私、昔からムジカのコンサート聴いてるんです。今日久しぶりに(母のバイオリンを)聴けて嬉しかったです」
と声をかけてくださった。元気な頃の母を、一人で勇ましく弾いていた母のバイオリンを覚えてくださった方がいたのだ。
「なんて幸せなコンサートなのかしら!」
と母は言った。

私としてはいつもみたいな綺麗な音がだせなくてちょっと残念だったし、恥ずかしかったけど、弾けてよかった。母も、メンバーの方も喜んでもらえたなら良かった。皆さん、本当にありがとうございました。

帰りがけに
「よくがんばったね」
と知人からお花を頂きました。

コメント