母の目が見る世界

昨日のこと。
母を助手席にのせて車で走っていたら、きれいな夕焼けが見えた。写真に残しておきたいなあと思っても、私は運転中。そこで
「おかあさん、撮って!」
とスマホを渡した。ワンタッチでカメラを起動させて「空を撮って!」と頼んだ。
「よし!」
母はうなずいた。何度かシャッター音を鳴らして
「きれいな空が撮れたよ!」
と自信満々。

dsc_1742

うん…きれいに撮れたね…カーナビが…。

母はいろんなことができるようになったし、大抵のことは分かるようになった。おとぼけもかなり減った。妄想なんてほとんど見ない(祖父が生きてると思ってる以外は)。

でもやっぱり、とんちんかんなこともまだまだ多い。
このあいだ漢字検定の過去問題をやってもらったら、正誤はともかく、解答欄がめちゃめちゃだった。好き勝手なところに答えを書いてた。これは半側空間無視のせいも大きいのだろう。

三択問題もできない。1,2,3と選択肢を読んでいるうちにどんな問題だったかを忘れてしまう。

それから、簡単な漢字でも、一文字だけだと読めない、という問題もある。二字熟語なら読めるのに、一文字になるとゲシュタルト崩壊を起こすらしい。

「いろいろ間違ってるやん」
と指摘すると、おかしいなあ、どうしてだろうと悩んでいた。認識できないこということは、間違っていることもわからないのだ。母の目が見ている世界は、私が見ているものとだいぶ違うんだろう。

しっかりしてきたように見えても、高次脳の母の頭の中はやっぱり謎だらけだ。
夕焼けは、高速をおりて信号に引っかかったときに私が撮ってみたけど、きれいな夕焼け雲はもう消えてしまっていた。

dsc_1746

 

謎といえば。
猫の行動も謎だらけだ。
どうしてこんなに無理をして

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テレビの上に乗るんだろう?

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猫とビターチョコレート

コメント

  1. 時々、私が今見ている世界と周囲の人が見ている世界が違って見えてるのかも…などといらんことを考えてしまうんですが(現に、人間ではないけど犬が見ている色と私が見ている色は違うんですよね)、違ってるとしても「きれいだね」とか「楽しいね」とか思い合えたらまあいいかな…とも思います。
    それにしてもシシィ!綱渡りの練習ですか?
    トート閣下、お願いだから見ないでね。

    • はっ!シシィにとって綱渡りは鬼門だった!
      でもこれは綱じゃなくてテレビ渡だから大丈夫ですよー(笑)。
      でもたしかに、同じ人間だからといって同じように見えているとは限りませんね。
      私が思う「赤」と他の人が見ている「赤」は実は違う色なのかもしれないと考えたことがあります。

      >違ってるとしても「きれいだね」とか「楽しいね」とか思い合えたらまあいいかな…とも思います。

      そのとおりですね!