三ヶ日みかんの思い出

飲み物を摂取しにくい母にとって、フルーツは大事な水分源だ。夏は毎日スイカを食べる。そして冬にはミカンを食べる。毎日のことだから普段はスーパーで一番安いミカンを買うのだけれど。今日はちょっと違うミカンを買った。

三ヶ日のミカンを買った。
静岡県浜松市のミカン。
いつものミカンより少し高かった。

三ヶ日のミカンを見ると、訪問介護の仕事で出会ったHさんを思い出す。Hさんは介護が必要になったため娘さんと同居するようになった。ある冬の日、Hさんはこんなことを言った。
「私の介護のために、娘は自分を犠牲にしているの。それが申し訳なくて申し訳なくて。私なんかのためにねえ、可哀想なことをしてしまった」
Hさんは話しながらさめざめと泣いた。

ヘルパーは自分のことを話してはいけない、と私たちは教えられている。プライベートな話や個人情報みたいなものを漏らしてはいけないと。でも必要だと思ったので私はしゃべった。

「そんなことありません。娘さんは、お母様のことが大好きで、お世話をしたいから、やっていらっしゃるんです。私も母の介護をしています。娘さんと同じように。だからお顔を見ればわかるんです」

Hさんは、また泣いてしまった。

その日の帰りがけ、Hさんは私にミカンをくれようとした。
「浜松の親戚がミカンを送ってくれるの。三ヶ日のミカン。とっても美味しいのよう」
申し訳ないことに、ヘルパーは利用者さんから何ひとつもらってはいけないという決まりがある。そう断るとHさんは残念そうだった。

その後もHさんは私の話をずっと覚えていて、毎週、訪問するたびに、
「こんにちは、お母さんは元気?」
と挨拶代わりに母のことを気にしてくださった。介護される身として「こんなふうに感じるんだよ、お母さんもきっとそう思ってるから気をつけてあげてね」とアドバイスをくださったりもした。

それから春がきて夏がきて、秋がきて冬がきた。
Hさんは再び私にミカンをすすめてくれた。
でもやっぱり私は断った。規則だから。

それからまた春がきて夏がきて。
ある日Hさんはふっと思い出したように言った。
「静岡からミカンが送られてきたら、今度こそ食べてちょうだいね。あなたと、あなたのお母さんに食べてほしいわあ。本当に美味しいのよう」
だがHさんはミカンが送られてくる前に亡くなってしまった。

三ヶ日のミカンを見るたびに私はHさんを思い出す。あのミカン、もらえばよかったなあと。規則なんか破るためにあるのに。

スーパーで買ってきた三ヶ日のミカンを母と食べた。
「お母さん元気?」
という優しい声を思い出しながら。

Hさんの言葉どおり、とても甘くておいしかった。

訪問ヘルパーは利用者さんの人生にちょっぴりだけ参加させてもらえる仕事だ。百年近くつづいた長い物語の終盤に一瞬だけ通りがかるエキストラ。役に立たないエキストラだけれど、こんな私に利用者さんが与えてくれた笑顔と言葉を、一つひとつ大事にしていこうと思う。

本日の猫写真。

今日は寒い! ファンヒーターを点けると瞬く間に猫たちが集合します。

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