一時帰宅の罠

介護に疲れた家族が犯してしまう「介護殺人」。近頃はしょっちゅう報じられている。

先日も、娘が母親を殺してしまう事件があった。心中するつもりだったらしい。母親は91才、介護施設に入所中だが、そのときは一時帰宅していたらしい。何日間の帰宅だったのか、親子がどんな状況でどんな体調であったのか、ほかに家族はいなかったのか…詳細はわからない。

私が引っかかったのは、ニュース記事を読んだ人のコメントだ。

「介護施設に入所中なら、介護疲れっていうわけじゃないな」

なるほど。と思った。
介護したことのない人にはわからないものなんだろう。
一時帰宅の恐ろしさが。

野原のすすき

施設入所というのは最後の手段だ。順番待ちでなかなか入れないし、これまで在宅で頑張ってきたけどもうダメだ! という状態からの入所が多い。

無事に入所できたとき、これまで自宅で介護してきた家族はホッとするだろう。これで24時間臨戦態勢の介護から離れられたのだと。夜はぐっすり眠れるし、排泄介助をしなくてすむし、ハラハラしないで済むと。周囲の人たちも「良かったね、やっと楽になれたね」と思うだろう。

だが入所させても介護が終わったわけじゃない。
施設に入れたらハイさようなら、って人も、そりゃあいるんだろうけど。

入所してしばらくは慣れないから大変だ。帰りたがって泣いたり入浴拒否しまくったり同室の人やスタッフと揉めたり。問題を起こしたり体調を崩せば施設から電話がかかってくる。家族が呼び出される。せっかく入所したのに毎日会いにいくことも。

施設に落ち着いてくれたらいいのだけれど、様子を見に行くたびに
「家に帰りたい」
と泣かれれば、可哀想だし責められている気持ちになる。たまには家に帰してあげようって思う。施設側からすすめられたりもするかもしれない。

そして一時帰宅させてみると・・・状態が悪くなっていることがある。高齢者は環境の変化にとても弱いからだ。認知症が進んでいたり、体力が落ちていたり、ちゃんと座れなくなっていたり、せん妄状態になっていたりする。施設では大人しくしているぶん帰宅したとたんに大暴れ!なんてこともある(うちの妹がまさにこれ)。

たしかに入所はありがたい。紙オムツから離れて暮らせる日々はまるで天国のよう! だが、ありがたいがゆえに、一時帰宅したときには介護のつらさがいっそう身に沁みる。春先の寒の戻りのように。天国から地獄へ。自由を満喫し無防備になっていた心に、容赦のない攻撃が突き刺さる。

「たまのことだから我慢できるでしょ」?
って思うでしょ?

たまには家に帰らせてあげよう。
たまには美味しいものを食べさせてあげよう。
たまにはのんびりワガママを言わせてあげよう。
たまには我慢しなくっちゃ。
たまには尽くしてあげなくっちゃ。
たまには。
たまには。

・・・たまには、思ってしまうよ。
この「たまに」はいつまで続くの!?と。

「家族がぜんぜん会いにこない。正月も家に帰らせないなんて可哀想!」
と世間は言うだろう。実際、施設のスタッフが
「冷たい家族が多くて」
と口にするのを聞いた。

私は、ただ冷たい家族ばかりだとは思わない。その「たま」の1日が耐えられなくて虐待や殺人が起きてしまうリスクがある、ということだと思う。愛情の有無ではない。長く介護をしていると、互いに傷つけ合ってしまうことだってある。

5年前、妹を入所させた当初は毎月2,3日は帰宅させていた。だが私が働き始めてしんどくなってきて、今は月1日ペース。基本は日帰りだ。それでもしんどい時がある。妹には会いたいし、会うとおもしろいし、笑顔になってもらいたい。でも、それとこれとは本当に別なのだ。一時帰宅って、本当に難しい。

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コメント

  1. まあ、理解し難いんでしょうね。

    ノロノロチンタラ歩いてるようにしか見えない年寄りや足に障がいがある人はほんの500Mでも続けて歩くのが苦痛で、次の電柱まで次の電柱までと思いながら歯を食いしばって歩いていることとか。
    うちの生垣ブロックによく腰掛けてる人がいますけど、若い連中はタバコ吸ったりスマホ見てたりですが、お年寄りは杖や歩行器持った、ここで小休止しないど保たないんだろうなあという人ばかりです。

    施設入所に至るまで、その家庭にどのような歴史と経緯があったのか。
    宗教に入れ込み過ぎて有り金全額寄進しちゃったとか、愛人作って出て行ったのに、病気や高齢で一人で何も出来なくなって結局子供が引き取ったとか。
    よく受け入れたなあって思う子供さん多いです。
    例外もありますが、施設の費用出してくれてるだけでも立派ですよ。

    デイやショートや入所の一時帰宅の家族の心情はだださんが仰ってる通りですし、うちは既にじじさまが車椅子だったのに、脳梗塞の婆さまの退院が決定し、担当ケアマネは最後まで老健や療養施設に延長を掛け合ってくれましたが、その一方で「退院決まって良かったねえ。これで私も安心した」と能天気に宣った義理姉とかね。
    身体の不自由な義親二人世話するワタシの覚悟がどれだけ分かってたのか、甚だ疑問です。

    何をもって「可哀想」と決めつけ「冷たい」と言い切れるのか。
    その一言だけでも、職務には就いていても実際の家族の心情は分からないんだなぁと思います。
    それが悪いわけじゃ無いですけどね。

    • 誰しも自分の経験したことしかわからないもので。
      失って初めてわかるものの代表とされるように、自分が健康なうちは、不自由になったときのことを想像することは難しいのでしょうね。
      介護施設で働いていると、びっくりするようなモンスター家族にも出会うと聞きます。
      私も同じ介護家族として「そんなこと言うか!?」と耳を疑う言葉を聞いたことがありました。
      冷酷に親を捨て去った感じの家族も多いことでしょう。
      でも、見えているだけがすべてじゃないですよね。
      冷酷に捨て去るだけの経緯がある・・・かも、しれません。または捨て去る必要があるのかもしれない。何事も一概には言えません。
      でも本当に、POTEさんがおっしゃるように、この親御さんをよく受け入れたなあという仏様のような家族さんもいらっしゃいますよね。偉いなあ。